寺内町 町中無用の道標 | E-smile まっつんの日常

寺内町 町中無用の道標

寺内町 向田坂 の次に訪れたのは
家屋角にありました 町中無用の道標

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近くに案内板があり
こう書かれてあありました

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この道標は 京都から高野山に通じる東高野街道の道しるべとして
建てられたもので刻字から宝暦元年(1751年)11月の建立であることがわかります
室町時代の末期 石川の段丘上に建設された富田林寺内町は江戸時代を通じ
南河内随一の商業都市として発展し 東高野街道を通って多くの旅人が行き来しました

「くわへきせる」や「ひなわ火」は当時の旅人が携帯した必需品の一つで
江戸時代の旅の風俗をよく表しています

道標に刻まれた銘文は 町の中での火の用心を呼びかけたものです
寺内町には わら葺きの民家が密集し 高台ゆえに水の便が悪く
町全体が家事の予防に細心の注意を払ってきました
この道標以外にも 北の一里山町や富山町には 用心堀と呼ばれる防火用水の施設があり
町衆が共存共栄の精神で町を守ってきたことをうかがい知ることができます

寺内町には 今なお30棟余りの江戸時代の建物が残されています
大火が無く 古い町並みが残ったのも 1つにはこんな気づかいがあったからかも知れません

さぁ 町並みを散策しよう

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