明治天皇聖躅碑 in 大阪税関富島地区指定保税地域内
お地蔵さん 西区川口4-8
の次に訪れたのは
大阪市西区川口2-9
大阪税関富島地区指定保税地域内にあります
明治天皇聖躅碑
横手には
川口運上所跡
富島外務局跡
と書かれてありました
川口運上所跡 とは・・・・
大阪開港の前年の慶応3年(1867年)川口に川口運上所が設置され
明治元年5月1日 外国官判事五代才助(友厚)
同陸奥陽之助(宗光)両人が事務をとり開所した
ついで東町奉行所跡の外国事務局廃止にともない、
その事務も引き継いで外国事務局とも呼ばれ、税関事務も処理した
開港後の大阪港の貿易不振で、大阪税関は神戸の出張所のようにみられたが
明治30年代の貿易の発展により、同33年大阪税関として独立した
庁舎はすでに明治8年から富島に移っていたが
大阪港の移転計画と同様に築港への移転が計画され大正9年に実現された
現在は大阪税関富島出張所となり
大正14年5月大阪市青年連合団の建立した「川口運上所址 富島外務局址」の碑がある
これで
明治天皇聖躅碑in リーガロイヤルホテル大阪
明治天皇聖躅碑in 大阪城
明治天皇聖躅碑 in 日本郵政公社 近畿支社
明治天皇聖躅碑 in テレパーク堂島
明治天皇聖躅碑 in 大阪市役所
と 合わせて 6体目
結構あるもんだなぁ
次は 大阪開港の地碑 へ
の次に訪れたのは
大阪市西区川口2-9
大阪税関富島地区指定保税地域内にあります
明治天皇聖躅碑
横手には
川口運上所跡
富島外務局跡
と書かれてありました
川口運上所跡 とは・・・・
大阪開港の前年の慶応3年(1867年)川口に川口運上所が設置され
明治元年5月1日 外国官判事五代才助(友厚)
同陸奥陽之助(宗光)両人が事務をとり開所した
ついで東町奉行所跡の外国事務局廃止にともない、
その事務も引き継いで外国事務局とも呼ばれ、税関事務も処理した
開港後の大阪港の貿易不振で、大阪税関は神戸の出張所のようにみられたが
明治30年代の貿易の発展により、同33年大阪税関として独立した
庁舎はすでに明治8年から富島に移っていたが
大阪港の移転計画と同様に築港への移転が計画され大正9年に実現された
現在は大阪税関富島出張所となり
大正14年5月大阪市青年連合団の建立した「川口運上所址 富島外務局址」の碑がある
これで
明治天皇聖躅碑in リーガロイヤルホテル大阪
明治天皇聖躅碑in 大阪城
明治天皇聖躅碑 in 日本郵政公社 近畿支社
明治天皇聖躅碑 in テレパーク堂島
明治天皇聖躅碑 in 大阪市役所
と 合わせて 6体目
結構あるもんだなぁ
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