わが北新地 お茶屋が軒を連ねていた北新地 | E-smile まっつんの日常

わが北新地 お茶屋が軒を連ねていた北新地

茶屋 河庄の跡碑 を後にして
新地本通を進んでいくと見つけました 
わが北新地 お茶屋が軒を連ねていた北新地

E-smile 大阪・街・遊歩人 まっつんの日常

明治42年(1909年)の大火で北新地は壊滅状態と化したが
再出発により 表町にお茶屋が軒を並べるようになった
大正から昭和にかけて 日本の伝統的な文化を身につけた
芸妓たちが再評価されるようになり 今日でいうパーティの
コンパニオンの役割まで彼女たちが進出するようになった

昭和初期には北新地に芸妓が約700人
置屋が11軒もあった
木造2階建ての町並も美しいお茶屋街は
古き良き時代を象徴する風情であったが
戦災でほとんどが失われてしまった

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わが北新地 念願かなったJR東西線 北新地駅