茶屋 河庄の跡碑
堂島薬師堂
の後
曽根崎川跡碑 と蜆橋 を経由し
大阪市北区堂島1-6あたりにあります
茶屋 河庄の跡碑へ
「小春は内を脱出でて互に手に手を取交し
北へ行こうか南へか西か東か行末も
心の早瀬 蜆川流るる 月に逆らひて・・・・」
元禄文学を支えた近松門左衛門が
「治兵衛と小春」の切ない恋を菩提の橋として
筆にした「心中天の網島」の一節であり
その舞台となった蜆川と茶屋 「河庄」の跡が
この地であります
と書かれてありました
足跡をたどるというのは面白いですね
次は
わが北新地 お茶屋が軒を連ねていた北新地 へ
曽根崎川跡碑 と蜆橋 を経由し
大阪市北区堂島1-6あたりにあります
茶屋 河庄の跡碑へ
「小春は内を脱出でて互に手に手を取交し
北へ行こうか南へか西か東か行末も
心の早瀬 蜆川流るる 月に逆らひて・・・・」
元禄文学を支えた近松門左衛門が
「治兵衛と小春」の切ない恋を菩提の橋として
筆にした「心中天の網島」の一節であり
その舞台となった蜆川と茶屋 「河庄」の跡が
この地であります
と書かれてありました
足跡をたどるというのは面白いですね
次は
わが北新地 お茶屋が軒を連ねていた北新地 へ