大塩平八郎終焉の地碑 | E-smile まっつんの日常

大塩平八郎終焉の地碑

和・ダイニング 銀の匙
の次に訪れたのは
大阪市西区靱本町1-18-12
天理教飾大分教会前にあります
大塩平八郎終焉の地碑

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隣の顕彰板

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ココに書かれていたことは
大塩平八郎中斎(1793年~1837年)は、
江戸時代後期大坂町奉行所の与力で、陽明学者としても知られ、
世を治める者の政治姿勢を問い、民衆の師父と慕われた
天保8年(1837年)2月19日飢饉にあえぐ無告の民を救い、
政治腐敗の根源を断とうとして、門人の武士・農民等を率いて決起した
乱後大塩平八郎は・格之助父子は、
この地に隣接した靱油掛町の美吉屋五郎兵衛宅に潜伏したが、
同年3月27日幕吏の包囲のうちに自焼して果てた
民衆に呼びかけた檄文は、密かに書き写され、全国にその挙を伝えた
大塩の行動は新しい時代の訪れを告げるものであり、
その名は今もなお大阪市民に語り継がれている
決起160年に当たり、全国の篤志を仰いでここに建碑する

よくココは通っていたのですが見落としているのですね~
大阪って本当に色々ものがありますわ~