宮武外骨ゆかりの地碑 | E-smile まっつんの日常

宮武外骨ゆかりの地碑

野田恵比須神社 末社 稲荷宮
の次に訪れたのは 土佐堀2の交差点のあたり
大阪市西区江戸堀2丁目7-26にあります
サンメゾン中之島南ルミエール前にあります
宮武外骨ゆかりの地碑

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道向かいの三井倉庫に気をとられ
見落としそうになりました

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案内板がすぐ近くにありました
宮武外骨は 1867年(慶応3年)に
香川県綾南町小野に生まれたジャーナリストです

幼名は亀四郎といい 1884年(明治17年)に外骨と改名しました
公権力に対して反骨の姿勢を貫き
投獄されたこともあります
当初は東京で活躍し 頓知協会雑誌 などを刊行して
政府や行政の腐敗を攻撃しました

その後 1900年(明治33年)に大阪へ移ってきた外骨は
生地の小野村をもじった 小野村夫の名で
1901年(明治34年)から8年間にわたり
行政の腐敗を面白おかしく揶揄した
滑稽新聞を発行しました

滑稽新聞社は 刊行当初は京町堀通4丁目にありましたが
1902年(明治35年)に江戸堀通4丁目
すなわち 現在のこのあたりに移転しました

滑稽新聞は毎月5日と15日の2回発行され
1909年(明治42年)の173号を最後に廃刊となりました

外骨は 東京帝国大学内に明治維新新聞文庫を創設するなど
書誌収集の面でも大きな功績を残し
1955年(昭和30年)に亡くなりました

載っていた写真が明治の人って感じがしました
新聞などのマスメディアは分かりやすくニュースを伝えてくれる
大切なモノだと思っています
正しいものは正しいといえる社会って大切ですよね

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