大阪商業講習所跡 | E-smile まっつんの日常

大阪商業講習所跡

阿波座南公園 ビオトープ
の後に訪れたのは同じく
大阪市西区立売堀2-2-17の
阿波座南公園にあります
大阪商業講習所跡

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緑が生い茂っていたので綺麗だなぁ~と思って
ぐるりと公園を一周していたら明治会館の隣で見つけました

日本経済の中心地大阪が近代化からとり残され、
従前の繁栄を将来に維持する事が出来ないこと
商業学校が一つもないことを残念に思っていた
青年新聞記者加藤政之助は、門田三郎兵衛、五代友厚らとはかり、
商業上の改良・進歩をはかるため、商業教育機関設立の必要を感じ、その実現に努力を重ねた
ようやく明治13年、鴻池・住友・藤田ら豪商の援助をうけ、
東京に次いで 2番目の商法学校として
立売堀にあった町会所を改装して発足した
翌明治14年には大阪府の管理となったが、経費は有志の寄付によって支弁していた
ちょうど文明開化の気運が高まっていたときでもあり人気を呼び、
学生が多数押し寄せ、床の根太を踏み破りかねない程であったという
教授内容は実用面重視であり、その経営は門田三郎兵衛に負うところが大きかった
当時の新聞はこの状況を活写し、今後の盛大は今から思いやられると報じている
1889年(明治22年)に大阪市制の発足に伴い「市立大阪商業学校」と改称
さらに「市立大阪高等商業学校」「大阪商科大学」(日本最初の市立大学)を経て,
1949年(昭和24年). 大阪市立都島工業専門学校・大阪市立女子専門学校と統合して
新制大学「大阪市立大学」となった

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ここに書かれていたことは

大阪商業講習所は,
商業の町大阪に商業学校がなかったことから,
商業教育機関の必要を感じた五代友厚 らによって
明治13年この地に開設された
この講習所は, 翌明治14年には大阪府の管理となったが,
のち市立大阪高等商業学校・大阪商科大学・大阪市立大学へと発展した

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