生駒ビルヂング(生駒時計店) | E-smile まっつんの日常

生駒ビルヂング(生駒時計店)

今橋 の後に訪れたのは
大阪市中央区平野町2-2-12にあります
生駒ビルヂング

スクラッチタイル(手掻きの縦縞模様のタイル)と
テラコッタ(素焼きの陶片)を活用したアールデコ調のビルです

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建造年: 1930年(昭和5年)
設 計: 宗建築事務所  
監修:宗 兵蔵
原案:大倉三郎 
実施設計:脇永一雄 
施 工: 大林組
構 造: 鉄筋コンクリート造 地上5階(一部6階)地下1階   

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■鷲の石像

2カ所の入り口と5つのショーウィンドウ計7カ所の上部に
御影石の鷲の彫刻が置かれています
現存している設計図では、
西洋で知恵の象徴とされる「フクロウ」となっていますが
当時の我が国においてフクロウは
「夜行性の暗いイメージ」を持っていた故に変更された、
と伝えられています


■タイルとテラコッタ

外壁タイルは手掻き線入り(スクラッチ)の別注品です
1983年の改修時、窓枠入れ替えのために
相当数のタイルを破損させざるを得ませんでしたが、
同型のものを調達出来ないので、
ビル裏側(西側)4.5階部分に残っていたタイルを丁寧に剥がし取り、
仕上げ直して使用しました
テラコッタは、屋上回りの装飾、各階の窓の上下のラインなどに使用され、
アールデコ調の建築様式を強調しています
東北面ファサードの屋上から3階にかけて縦に取り付けられた彫刻風の装飾は、
ビルを特徴づけていますが、その意味は残念ながらよく判っていません
その最上部に取り付けられた生駒時計店の商標である
「駒形に生」のマーク(縦55cm横43cm)は
戦時中の銅地金供出によって長らく抜け落ちていましたが、
現在は復元されています


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生駒時計店は、明治3年(1870年)高麗橋5丁目(現在の御堂筋淀屋橋)に
「大阪屋権七・大権堂」の商号にて創業しました
当時、御堂筋は幅3間位(約5m)の道でした
昭和の初め、御堂筋の拡幅と地下鉄工事のために立ち退かねばならぬこととなり、
当時、堺筋出張所のあった現在地に当ビルを新築、
同年9月に竣工・移転しました
地下鉄御堂筋線は、昭和8年に梅田-難波間が開通しています
設計は、宗 兵蔵氏(堺筋難波橋・柴島浄水場などの設計者)、
施工は大林組で、地上5階(塔屋6階)地下1階の鉄筋コンクリート造りで、
総工費15万円であったとの記録があります
昭和20年3月、大阪大空襲により、周辺は全くの焼け野原となり、
西側も南側も隣家まで焼失しましたが、
生駒ビルは堅牢なコンクリート壁に守られ、戦災を免れました
平成7年1月の阪神淡路大震災の時も激しく揺れ、
隣のビルの窓が半分以上破損する状況においても被害がなかったのは、
建築の際に直径6寸5分の松丸太を493本、
基礎杭として打ち込んだという工法のためかもしれません

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平成9年6月12日
文化庁指定 国の登録有形文化財 第27-0019号に指定されています

昔はやはり良い品物をたくさん使って建物をつくったんだなぁ~
と言うことがよくわかる建物ですね
建築というのは長い目で見て持つものでなければならないと思います
家は一生の買い物と言いますからね

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