荒光稲荷大明神
肥後橋商店街
をフラフラ歩いていると
見つけたのが荒光稲荷大明神
お稲荷さんを発見
どんなところかなぁ~とネットを調べてみると
社団法人大阪市人権協会さんのHPに書かれていました
以下その文章です
由緒を考える
江戸時代、荒光稲荷があるあたりは摂津国三田(現兵庫県三田市)を領した大名、九鬼氏の蔵屋敷だった
こういった大きな屋敷などには、その敷地や附属地などに屋敷や土地を守る神様が祀られることがよくあり、
こういった神を屋敷神という
さまざまな神が屋敷神として祀られるが、稲荷神がもっと多いといわれている
そして、屋敷が無くなった後も屋敷神だけが残ることがある
(例えば西区の土佐稲荷神社は土佐藩蔵屋敷の屋敷神)
といったことを考え合わせると
荒光稲荷は、今まで大きく移転していないとすれば、三田藩蔵屋敷の屋敷神であったのかもしれない
過去から現在へ
肥後橋商店街がある江戸堀という町の名は、
かつて土佐堀川の南側を平行して流れていた江戸堀川(1955年埋立)に由来する
江戸時代、江戸堀川、土佐堀川沿岸には諸藩の蔵屋敷が多く建ち並んでおり、
運河や川を通って全国の物産が運び込まれた
荒光稲荷が三田藩蔵屋敷の屋敷神であったとするなら、
このお稲荷さんは「水の都」「天下の台所」大坂の生き証人ということになる
しかし残念ながら、本当に蔵屋敷と関係があったかどうかははっきりしない
いずれにせよ、このお稲荷さんは町の守り神として100年以上の歴史を刻んでいることは間違いない
次は大阪市立愛珠幼稚園 へ
見つけたのが荒光稲荷大明神
お稲荷さんを発見
どんなところかなぁ~とネットを調べてみると
社団法人大阪市人権協会さんのHPに書かれていました
以下その文章です
由緒を考える
江戸時代、荒光稲荷があるあたりは摂津国三田(現兵庫県三田市)を領した大名、九鬼氏の蔵屋敷だった
こういった大きな屋敷などには、その敷地や附属地などに屋敷や土地を守る神様が祀られることがよくあり、
こういった神を屋敷神という
さまざまな神が屋敷神として祀られるが、稲荷神がもっと多いといわれている
そして、屋敷が無くなった後も屋敷神だけが残ることがある
(例えば西区の土佐稲荷神社は土佐藩蔵屋敷の屋敷神)
といったことを考え合わせると
荒光稲荷は、今まで大きく移転していないとすれば、三田藩蔵屋敷の屋敷神であったのかもしれない
過去から現在へ
肥後橋商店街がある江戸堀という町の名は、
かつて土佐堀川の南側を平行して流れていた江戸堀川(1955年埋立)に由来する
江戸時代、江戸堀川、土佐堀川沿岸には諸藩の蔵屋敷が多く建ち並んでおり、
運河や川を通って全国の物産が運び込まれた
荒光稲荷が三田藩蔵屋敷の屋敷神であったとするなら、
このお稲荷さんは「水の都」「天下の台所」大坂の生き証人ということになる
しかし残念ながら、本当に蔵屋敷と関係があったかどうかははっきりしない
いずれにせよ、このお稲荷さんは町の守り神として100年以上の歴史を刻んでいることは間違いない
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