安岡力也さん、心不全で死去…64歳 デイリースポーツ 4月8日(日)9時38分配信
歌手で俳優の安岡力也さんが8日午前6時、都内の病院で、心不全のため死去したことが分かった。64歳だった。06年から難病のギラン・バレー症候群を発症。肝のう胞、肝硬変、肝細胞がんを併発するなど、闘病生活を送っていた。
関係者によれば、葬儀は近親者のみで行い、後日、お別れの会を行う予定という。
安岡さんは「シャープ・ホークス」のボーカルとして1966年、歌手デビュー。80年代にはフジテレビ系バラエティー番組「オレたちひょうきん族」に「ホタテマン」として出演し、人気を集めた。
病と闘い続けた力也さんが力尽きた。05年2月に多発性肝のう胞症のため都内の病院で肝臓の手術を受けた力也さんは、06年6月に運動神経に障害が起き、四肢に力が入らなくなる難病「ギランバレー症候群」と診断され、闘病生活に。10年5月に芸能界に復帰を果たしたが、同年9月、多発性肝のう胞症に加え、肝硬変、肝細胞がんを併発したため、長男・力斗さん(当時24歳)が肝臓の約64%を提供し、生体肝移植手術を行った。
それまでにも3度肝臓の手術を受けていた力也さん。肝臓は肥大化し、体内で癒着していたことから、生体移植の手術は42時間という長時間に及ぶものだった。
 
「シャープ・ホークス」は1963年3月15日に結成されていて「安岡力也」は当初からのメンバーでした。
当初は「紀本ヨシオ」のバックコーラスグループとして活躍、バックバンドは「岡田朝光とキャラバン」でした。
1964年後半になって「シャープ・ファイブ」がバックにつきはじめた。
メンバーに女性がいた時期もありましたが、いよいよ「安岡力也」「鈴木忠夫」「小山真佐夫」「野沢裕二」となり
結成3年半にして1966年9月キングレコードから「ついておいで」でレコードデビューしました。
1967年には大阪のバンド「チェック・メイト」から「ジミー・レノン」が「小山真佐夫」に変わり参加しました。
その後「シャープ・ファイブ」がコロンビアレコードに移籍した事からバッキングが不可能になり
メンバーを再編して楽器を持ち6人編成のバンドとして活動した時期もありました。
人気も下降し結果的には1969年2月に解散となりました。
この後安岡力也が残り全く別のメンバーで「安岡力也とシャープ・ホークス」を組み
1969年4月「この胸に十字架を」を出しましたが残念ながらこの1枚だけのリリースで終りました。

 
【ついておいで】イメージ 9
 
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「シャープ・ホークス」としてレコードデビューするちょうど1年前の1965年9月に創刊された
「HEIBONパンチDELUXE」のファッションページに安岡力也がモデルとして登場していました。
「PUNCH MODE SHOW」と題した「TAC」とのタイアップ記事でした。
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【ホタテのロックン・ロール】イメージ 10 

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