リングヂャケットの理念と歴史(株式会社リングヂャケットHPより)
 
  1954年、私たちは「注文服のような着心地の既製服を作ろう」という決意のもとに起業しました。その理念は創業者、 福島乗一(現会長)の服へのこだわりを強く反映したものです。
 当時既製服は「ツルシ」などと呼ばれ、高級紳士服といえば100%と言って良いほどテーラーで誂えた注文服の時代です。 また創業者自身が着道楽でそれまで注文服しか着たことがなかったのです。しかし私たちは既製服で「テーラーで誂えた様な着心地の服」を作ることにこだわりました。
 創業から3年目の1957年、私たちの理想の服作りを実現する為に大阪府貝塚市に本社直営工場を開設。私たちの服作りの拠点としました。貝塚工場は、 その後二度の増設を経て現在に至ります。
1960年代半ばになると 「メンズファッション」という言葉が生まれ、日本にも既製服主流の時代がやってきました。 その時私たちの理念が初めて日の目をみたように思います。
1960年代後半から70年代には規模は小さいながらも独自のスタンスを持つメーカーとして知られるようになりました。 しかし私たちはそれで満足しませんでした。既製服にさらなる着やすさと美しさ、そして完成度を求め、それまでの英国やアメリカから一転して、どこよりも早くイタリアの服作りに目を向けました。
 1980年、イタリア大手付属メーカーのベルテロ社と毛芯やパーツの売買契約を締結。また前後して工場にはアパレルCADシステムを導入するなど生産体制を一新しました。
 1990年には大分県久住町に新工場を落成。1995年に福島薫一が社長に就任するのを機に、 それまで注文服でしか使用されなかった英国やイタリアの老舗生地メーカーとのコラボレーションを実現。 近年貝塚工場には自動裁断機TACを導入いたしました。
 弊社では1980年から工場の主要部門責任者がイタリアの有力縫製工場に訪問し技術指導を受けてきました。そうした上でイタリアの立体的縫製を取り入れパターンの研究を繰り返し、今日の独自の縫製スタイルを築きあげてきました。 弊社が立体的かつ着心地の良い服を作るために特に注意して行っているのは次の2つの部分です。ひとつは前肩と身頃のあわせ。肩のしつけをうつ時の芯の距離に独自の技術があります。そしてもうひとつは胸のドレープ。 ここでも胸にきれいなボリューム感を出すために、表地と芯地の絶妙なしつらえがポイントとなります。
 現在、大手セレクトショップと呼ばれる有名服飾専門店のOEMを手掛け、 高品質主義のファクトリーとして商品を提供すると共に、1996年春にスタートした自社ブランド 「Sartoria Ring(2007年春より「RINGJACKET」に改名)を1999年春の直営旗艦店(大阪市西天満)の開店をかわきりに伊勢丹新宿店、 阪急梅田店、三越日本橋店の4店舗にてブランド展開しています。  
 
これらの沿革のいずれもが究極の服作りを目指した企業理念にもとずいたものであることはいうまでもありません。本当に良い既製服とは、弊社50年の経験から、卓越した人の手と最新の機械技術と良質の素材、そして売場環境が相まって生まれるものだと確信しております。
 
 
 
1980年代初期までの㈱リングヂャケットはアメリカントラッド、ブリティシュのファクトリー及びメーカーでした。
 
1967年から「VAN」の兄貴ブランドとして心機一転した「Kent」のスーツ・ジャケットのVO企画のファクトリー(VTはサントロン)だった時代を経て、第二次アイビー(トラッド)の時代に入り自社ブランド「RING JACKET」は関西トラッドシーンには無くてはならない存在でした。
 
更に㈱ヴァンヂャケット倒産以降の「トラッド」ファンの受け皿のブランドの一つとして、全国的に素敵な商品を提供してくれたのでした。
 
今では指向は違いますが我々にとっては忘れがたいブランドです。
 
㈱ヴァンヂャケット倒産後二年目かつ㈱ヴァンヂャケット新社設立の前年1980年の「RING JACKET」のカタログ「TRAD BOY」です。
 
【表紙・裏表紙】
 
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【SUITS・BLAZER】
三つ釦段返りのスーツはKentⅠ型と同じパターンです。
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【COAT・JACKET】
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【LADY SHIRTS】
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