先週は四日連続怒涛のような苦痛で。

ひょんなことで引き金を引かれ、本当に生きてることを恥ずかしいと思ってしまうぐらい、ちょっとした雑音さえが自分を責めているようで、居場所を奪われるような恐怖に見舞われ、周りが見えなくなって混乱しました。

【死にたいほどつらい。】死にたいというのともまた違う、普通に生きたいからこその恐怖。恥ずかしさ。何回やって来ても馴れませんね。

たまたま生理後1週間経ち、暖かさも相まって、久しぶりに自炊と軽い運動をしようという気に。さいわいおいしく作れてるので外食とは距離をおけそう。

その甲斐もあってか昨日は症状も軽かった。

野菜の甘味っていいよなあ~(*´∇`)と、カレーを食べながらほっこりした今日なのでした。

さ、せっかくの休み、せめて笑います。
教員の調査データが物語る! 学校でLGBTを教える必要性について


セクシャルマイノリティについて学校で教える必要…私は同性愛を理解と偏見で見る人間が学校でセクシャルマイノリティの授業をすれば、子どもに伝わると思います。それでもないよりはましですが、もう一歩踏み込んでほしい。

大事なのは、あらゆるマイノリティが世の中に存在しているという事実、見えない苦しみを教師自身が勉強することと、それを伝えることだけ。

大人が見ないふりしてるのを、子どもは敏感に察知するもの。
踏み切りで

川で

震災で

死にかけている人を助けるために

誰かのために死んだひとがいる

彼らは死ぬ瞬間、たしかに報われたのだろうか、と

(不謹慎な話、後悔する暇なく死ねただろうか、ということも含めて)

ニュースを見る度に、想像を巡らす。

さて、そういう自分はというと、

絶対自分の命は守るタイプ。

日頃は知らないおばちゃんが困っていたら券売機の使い方を教えてあげたりと

わりにやさしいのだが

人のせいにしてうだうだ言ってることも多く

そのくせ踏み切りで死にかけている人を見つけたら

自業自得かも知れないのに、…と

我ながらひどい冷血ぶり。

さて、昨日は過敏性腸症候群の症状があまりにひどかったのだが、早退すれば減給の上、評価も影響するわけで帰るに帰れなくて、結局一日大恥かいた。

2日も自分に恥かかせなくていい、と思って今日はサボ…休んだ。

理解されにくい病気だ、心身症だから自分にも原因はある。

こんな私を人からみれば

「自業自得」

でも本人にはそんなことよりこの病気とともに生きるのが仕事なわけで。勇気なわけで。

振り返ればいい思い出ばかりで、おつりが来るような人生。

会社なんていつでも辞めればいいけど、それだけじゃあまりに寂しいんだ。

私には仕事も、友達も、趣味も、家族も、美味しいご飯も、納税の義務も、かなしくてうれしい自由も、なにもかも全部、ある。

私には、私が生きていること、あなたが生きていること、そのすべてが勇気だ。

今日も勇気だけ。明日もまた。