2014年5月19日月曜日 朝
ある余韻に浸っていた。
何の計算も、打算もない行為は人の心を打つようだ。
素の心
・携帯電話を忘れ困っていたとき
見知らぬ人が携帯電話をすっと貸してくれた人
・何も言わずにじっと待っていた人
・「寒いね」と言えば「寒いね」と答え、
「さよなら」と言えば、見えなくなるまで見送くる人
・季節の花を誰に知られることなく飾る人
・道端に朝顔を育てている人
相手の心に沿ったさりげない事象に
ふっと「やさしさ」を感じる。
意図的でないやさしさ(良さ)は
その人の性格の一部となっていて、
その人にとっては当たり前のことで、
その良さを意識することはない。
身についてしまっているから気にかけることもない。
周囲の人もそのやさしさになれ、当たり前と思っているようだ。
その良さを放置しておくのはもったいない。
その人の良さを活かす!
それは出遭いにあると思える。
その良さ(価値)が分かる人との出遭い。
この出遭いは意識的に求めて得られるものでなく、
多くの人との出遭いの中で、その良さが分かる人と出遭う。
「偶然の出遭い」から「意味ある出遭い」に変わる。
「会うべくして会った出会い」となり、
良さに磨きがかかる。
そんなやさしさが心に染みた朝だった。