何かを伝える。
コミュニケーションには欠かせないものだが、その根拠には本質という存在がある。
さらには、感情や思考、価値観や体験が描写され、その人のアイデンティティを表すものでもある。
これは企業(店舗)でも同じことが言える。たとえば、同業他社との差別化ポイント、自社のストロングポイントは各社(各店)徹底されていることだろう。
社内研修や会議、現場で繰り返されるロープレ等を通じ、トークや販促物、マニュアルや資料諸々に落し込まれているとも思う。
ようするに、生活者(お客さん)に伝える内容は、万全な状態だ。
一方、そこにある本質はどんなものだろう。
たとえば、必ず登場するハード。その高スペックを謳う根拠は、何だろうか。いや、素材や性能、デザインという物理的な類じゃなく、何のために高スペックを作ったのだろう。そう。ハードの裏側にあるソフトという意味だ。
現代ビジネスでの大きな問題点の一つは、無個性にある。
というのは、どの業界各社もハードを追求し、抜群のモノやサービスを取り揃えている。
それゆえ、生活者(お客さん)に伝えるこれらの言葉はテンプレ化されやすいのだが、皮肉にもハードという個性は、そうなればなるほど薄まっていくのである。そんなの当たり前というか。どこもそうという感じで。(かえって低ハードの方が個性的)
とはいえ、その根拠であるソフトとは各社(各店)違うはずだ。
そこには思いや思想、価値観や体験が描写されているばずで、それこそが他にはない個性というものである。
ふむ。次の社内研修や会議、ロープレでは、その辺りにもフォーカスされてみてはいかがだろうか。きっと、生まれたコンセンサスにより、その展開を続けることにより、その個性は確かな存在感を放つはずである。さらには、魅力あるもの、価値あるもの、唯一無二なものとして生活者(お客さん)に映るはずである。
やや余談的だが、このブログへの反応も根拠に注目し、拝見している。
というのは、エントリーによっては賛否の声を頂くのだが、どちらにしても各々方の根拠が面白く興味深いというか。いいね、アイデンティティって。