一瞬のヒラメキやアイデアとは、インプットの質と量から生まれる!? | No Rice,No Life! 佐藤琢也公式ブログサイト

No Rice,No Life! 佐藤琢也公式ブログサイト

企業論、人財論、労働論、マーケティング論、プロモーション論。
時事問題、関心事、個人的な日常など、徒然なるままに綴ります。

こんにちは♪


3連休の最終日、いかがお過ごしですか♪
ボクはスタバで休憩中です。




「すっかりハマった、ダークモカチップ・フラペチーノ」



さてさて・・・
「インプット」と「アウトプット」。


ビジネスシーンでよく使われたり、
聞いたりするコトバですよね。


もちろん、どっちの方が大切というモノではなく
どちらも大切なことです。



というのは・・・
「インプットがなきゃアウトプットもない。」
と、単純にそう思いますのでね。


だから・・・
勉強したり、研究をしたり、突き詰めて考えること。
あるいは、自分の知らないことを人に聞くこと。

教わること、などなど。


これらはみんな、アウトプットへの土台となる。
そう感じています。



たとえば・・・
「ふとアイデアが浮かんだ!ひらめいた!」
というような言い方があるじゃないですか。


飲んでる席で「あっ!こういうのって良くない?」とか・・・
だれかとの何気ない会話の中で「おっ!」と、感じたり。


あるいは・・・
ボォ~っと電車内の広告を眺めていたら、
「ん?コレいいかも!」とか、イロイロね。



ただ、いずれの場合も・・・
「単なる偶然にして、ひらめいた!」
ってワケじゃないと思う。


これまでのインプットがあるからこそ、ひらめいた。



言い換えれば・・・
インプットされたモノ同士が頭の中で組み合わさって、
あるいは、編集された形となってアウトプットされた。

・・・と。



ちなみにですが・・・


万有引力で有名なアイザック・ニュートンは、
「すべてのモノはお互いに引き合うのだ!」
と言いました。


そして、そう気づいたのは、
「木から落ちるリンゴを見てインスピレーションが働いた。」
とも。




    「ニュートン力学は、近代科学の祖となった」



つまり・・・
それまでの膨大なインプットがあったからこそ、

そう感じられたのでは。と、想像しています。



そう考えてみると、
「インプットすることって、大切だよな。」
と、あらためて感じていた次第です。