「人と人の信頼とは?」注: 文章長いです、お暇なら読んで下さい(^-^)/ | 中年女子ライダーのバイク奮闘記

中年女子ライダーのバイク奮闘記

MotoGPにハマり、ロッシにハマり(w)バイク免許を取ってから暴走し続ける中年女子ライダーの日記でございます。現在シアトル在中。サーキット、森、砂漠と色々な場所に出没中です!

人と人との信頼とは?


普段、何気なく使っている言葉。「信頼」
その「信頼」を意識する出来事があった。不運にも、「信頼を裏切られる」というカタチで。。。

15歳も年の離れた、かわいい弟君がオーストラリアに渡って8ヶ月が過ぎようとしていた。日本は歴史上でも一、二位を争う寒さで、都内でも大雪に見舞われ、交通機関がストップするなど被害もあちこちで見られた。

そんなある日、一本の電話で「弟がオーストラリアの空港で倒れ、現在、精神病院に入院中だ。家族の付き添いがなければ、退院も難しい」という一報が入った。

晴天の霹靂(へきれき)だった。

頭が、「がーん」と、鈍器で殴られたような感覚だった。

涙を流すヒマもない!!
まずは情報収集をしなければ!!そんな思いで必死に各所に電話をしまくり、様々な手続きをして、やっと彼を迎えにオーストラリアに旅立つことが出来たのは、3日後の日曜日だった。本当なら、電話を受けたその日の夜にでも飛んで行ってあげたい気持ちだったが、頼りない母に保険の事やら、入院費の事やら、全てを任して行くことは現実的ではない。とりあえず病院に入院している間は設備が整っているので大丈夫だろう。という判断で、事務的な手続き等、やれることは全て日本で行ってからの、重く、長い旅の始まりだった。

日曜日、成田に向かう道中も、様々な思いが頭を駆け巡る。

一ヶ月前、スカイプで彼と話をした時。。。元気そうだった彼の顔。

どうしてあの時、彼の心の苦しみを汲み取ってやれなかったのだろう。悔やまれて、涙が出てきた。記憶をさかのぼれば、私は彼にとってどんな存在だったんだろうか?やさしさが足りなかったのでは?私が厳しすぎて、経済的にも彼を追い詰めてしまったのだろうか?生活苦から、心の病になってしまったのか?それとも幼い頃に何か大きな傷を心に負ってしまったのだろうか?

そんな自問自答をしながらの、8時間のフライト。

これから、季節がまったく反対の「真夏のオーストラリア」へ行くのにも関わらず、私の心は日本の厳しい冬に埋もれて凍ってしまったかのように、冷たく、固まっていた。

オーストラリアに到着し、まず初めに病院に向かった。
8ヶ月ぶりに見る彼は、思ったよりも元気そうだった。しかし、ちょっとした時に見せるくらい表情や、攻撃的な言葉が、私の不安を増幅させる。
「これから先大丈夫なのだろうか?この子は正常に戻るのだろうか?」

先生の見解は、思いの他明るく、最悪を想定して日本から来た私には、大変な救いだった。「この病気は、コントロールすることさえ覚えれば、問題なく通常の生活が出来ます。」

人がなぜ「心の病」に侵されるのかは、大いなる謎である。遺伝的な要素もあるだろうし、生まれ持った気質も関係してくるかもしれない。多かれ少なかれ、人は生きていく上で「正常な心」を保つように「無意識」にコントロールしているのかもしれない。たまたま、今回の彼はそのコントロールが出来ずに暴走してしまったかのようだった。

家族と会えて、ほっとしたのか。。
「家族っていいね」
とはしゃぐ弟。思えば、彼が生まれた時には既に自立していた私は、彼と「一緒に育った」という記憶が無い。上の姉もしかり。結局、彼はほぼ「一人っ子」の状態で育ってきたのだ。なんだか不憫に思える。これからはもっと一緒に時間を過ごしてあげようと、思った。姉らしいこともしてあげようとも思った。

それよりも何よりも、これから彼がこの病気を克服していくには、相当の長い時間と家族のサポートがないと無理だということも実感した。

私は頭が良い人間だ。
大抵のことは、自分で調べて対処できる。
しかし、今回だけは別。
心の病は、どう治していけばいいのか?わからない。こればかりは、専門の人間の判断に任せるしかない。

担当の精神科医の先生にいっぱい質問をして、治療方法や、日本に帰ってからのこと、その先のこと。たくさん話を聞いた。

よし!大丈夫!これで日本に帰って、家族の愛情と団結で彼をサポートしていこう!
彼がオーストラリアの病院を退院できるころには、私の心も少しずつ明るくなっていった。

トンネルの先には、必ず出口はある。出口の先の光が見えてくるまで、前進するのみ!そんな前向きな気持ちになれたのは、一週間ぶりだ。時間にして一週間だが、気分的にはもっと長い。10年ぐらいの感じだ。この一週間で、私は10歳老けた気持ちだ。自問自答を繰り返し、自分を責め、親を責め、家族の間でも喧嘩をし、10年分の涙を流してのオーストラリアへの旅。まさか、私にとって初めてのオーストラリアへの旅が、こんなカタチになるとは誰が想像しただろうか?

弟は、事の重大さが分かっているのだろか?
謎だった。

とにかく、彼には一日も早く治って欲しい。そんな気持ちが先決だった。

先生から支持された治療内容は、想像以上に厳しいものだった。毎晩飲む薬以外にも、
*コンピュータは駄目
*お酒は一杯まで
*夜更かしは駄目
*友達と会うのも一日数時間のみ
*仕事もしばらくはしない方が良い

20代前半の活発な若者には、辛い内容だ。
案の定、日本に帰ってからの彼は、まず始めに友人達に会いたがった。当然だろう。

コンピュータも駄目とは言っても、子供ではないので取り上げるわけにもいかない。家に帰ってきて部屋にこもれば、あとは何をしているかも分からない。

本人は、「ほっといて欲しい。自分で勝手にやるから、かまわないで欲しい。」と主張するが、そうできるものならそうしたいのは山々だ。いろんな人間が関わり、彼を救出するのにどれだけの労力が使われただろうか?どれだけの人間が心配し、心を痛めただろうか?

彼の口から「かまわないで欲しい」という言葉が出るたびに、私の心が固くなっていくのが分かった。

病人なのだから、、、自分の病気のことが分かっていないのだから、、、、
そうは思っても「じゃ、勝手にすればいいじゃん!何のために苦労してオーストラリアまで行ったんだか!」と怒りがこみ上げて来るのを抑えられない。家族がどんな思いをしたか。。。これから、どんな大変な道のりが待ち受けているのか、知らないのは本人だけで、付き合っていく周りの人間が一番大変なのだ。

もちろん、そんな事すら分からない、今の彼の状態は、頭では理解してる。ここは、私が冷静にならなければいけない。

帰国してから4日目が過ぎようとしている。

日本の精神科医にも通い始めた。

帰国したばかりなのに、何でも自分で判断してやりたがる弟に関して、「どう対応したら良いか?」質問してみた。

先生は、「本人は向上心も自立心も人一倍あるようなので、少しずつ信頼して、任せるようにしたら良いのでは?」とアドバイスをしてくれた。

確かに。
子供じゃないのだから。
今回の事を念頭に置いて、自分の病気と立ち向かって欲しいし、ある程度信頼をして任せていけば、本人の負担も軽いだろう。
そう、私は判断した。

しかし、その信頼は早々に裏切られ、粉々に散った。
元もと、病気の人間を「信頼する」ことが間違っていたのかもしれない。
帰国して数日しか経っていないのに、こんなことが分かってきた。

手元にあった3万円以上のお金を、マージャンで使ってしまった
帰国した次の日の夜、お酒を沢山飲んでいた

私の彼へに対する「信頼」は見事に崩れ去った。
失望が大きいあまり、涙する気持ちにもならない。私の心は空っぽだ。私がどんな思いで彼を信頼したのか、彼はまったく理解していないようだ。
彼のせいではない。

私が、彼を「信頼」し過ぎたのだ。いや、「信頼」の押し売りだったのかもしれない。

この時初めて「信頼」って何だろう?と考えた。私は、彼にある程度の判断を任せるつもりで信頼したが、結果「裏切られた」気持ちになっている。病気の彼に、何を期待していたのだろうか?おかしな話である。こうなることは、初めから予想がついたのではないだろうか?

「信頼する」ということは、幻想である。

私はそう思った。信頼するということは、自分が勝手に相手に期待する「幻想」なんだと。
人は自分勝手な生き物だ。
何か行動するときに、必ず、「こうなるべき結果」というのを期待しているのだ。
私の場合は、弟を信頼して任せる=任せて大丈夫だった=病気が回復すると、安直に思い込み過ぎていた。私の完全な独りよがりだ。

「信頼」とは、勝ち得るものである。
私はそう思った。信頼とは、まったくゼロのところから、勝ち得るものなんだと。信頼を得るには、それ相当な時間も要するだろう。積み木を慎重に積み上げていくように、信頼とは人と人との間をデリケートに埋め込んでいくようなものではないか?そんな芸当を、病気の彼に出来るわけがなかった。

「信頼」という言葉は神話である。
私はそう思った。存在することを夢見て、語り継がれる幻想の産物なんだと。

「信頼」は、「期待」である。
よく人は「信頼を裏切られた」とネガティブに「信頼」という言葉を使うが、もともとはその「信頼」が幻想である。信頼といいながら、本当は相手に何かを「期待」して、結果が自分の予想と反しているときに「信頼を裏切られた」と表現するのだ。

でも、人類に「信頼」という絆がなければ、人間関係はとても寂しいものになってしまう。
「信じて頼る」=「信頼」
この言葉の中には、「人と人」という言葉は含まれていない。では、「信じて頼る」のはいったい誰なのだろうか?

もしかしたら誰でもない、自分自身なのかもしれない。

強くなろう。
私はそう決心した。

自分の為にも、弟の為にも。

強くなり、まず自分が自分自身を「信じて頼れる」人間になろう。自分を信じて頼れれば、裏切られることなどありえない。「人と人との信頼」を語る前に、まず自分が自分自身を信頼できる人間にならなければ。

今日は、今年の冬でも冷え込みが一番ひどく、朝からぼた雪が降り続いた。道路には、雪と水が混じった灰色の霙が、人や車に踏みつけられ、グチャグチャの酷い有様だ。
そんな中でも、夕方近くには雪が止み、暖かい陽の光が差し込む瞬間もあった。

「ああ。厚く覆われた雲の上には、まぶしい太陽の光があるんだなー」と実感した。足元ばかりを見ていると、つい忘れがちなことだ。

明日は、上を向いて歩こう。そう、思った。
ひとの行く道は、道路だけではないのだから。