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Even if I drop a tomorrow

昨日と今日と明日の区別がつかないような日々

場合のひとつだけど、
イライラしたり、ムカついたり、怒ったりするときってのは

本当のことを言われたり、
自分に非があったり、
やるべきことできなかったときだったり、

自分の不甲斐なさをどうして外へ向く感情になるんだろう。

今日は独り言で済んだあと冷静になったとさ。
正にこれ。
最近は割と何も考えずいたけど、やっぱりこれだ。

届かなくて、
したいことはなくて、
諦めるのにもなれて、
でもそれは執着の裏返しで、

現状は何一つ変わることはないことをわかっていて、
だから少しづづでも確実ダメになっていて、
でもそれをわかっていながらも何もしようとせずにいて、
でも何もしようもなくて、

それでも、その中でもできることは頑張って(仕事ぐらいね)、

何がしたいんだろう?

楽になりたい、
でもでも、ね、裏返しできっとそれでも生きたいんだ。
負けても負けてもそれでも生きてる奴がいる、
それを見せたい、ってのはカッコつけた言い訳

いつか届くんじゃないかって。

届かないのはわかっている。

ただの夢。
寒い身体の感覚と、悲しい精神の感性が錯覚を起こして悲しくなる。
だから俺は冬が好きなのかな?
切なくて、悲しくて、さびしくて、虚しいのが
寒い冬に余計にあう。

きっと脳の働くところが近いところにあるんでないか?

まぁ、でも俺は四季いつでも悲しくて虚しいけどね。

寒かったから、バランスを取るためか今日も涙を流す。

いつもと変わらないように。
今日も生きるふりをする。
昔、主体性がないから
自分のことを惰性で生きてると評してたときがあったけど、

結局今も変わらない。
あのときは惰性でも
自分の何かは崩してでも、ってのはなかった。

今は自分をどうにかして崩して
惰性に身をゆだねる毎日

明日もまた 『不器用に逆らって負ける』
布団に入ると、音楽の力も借りずに
涙が出てくる。

涙でもうバランスは取れないのにな。
それでも涙はでる