1.切手収集を始めた頃の思い出

 

私は子どもの頃から、ほぼ70年近くに亘って切手の収集を趣味としていたが、

ここ3,4年ほどは切手を入手することは止めた。それでもこれまでに溜めた多くの切手が、キチンと整理出来ずに家内到るところに、アルバムや、関連図書などと共に散乱している。元気な間に何とかキチンとしなければといつも言い聞かせているのであるが、なかなか出来ないで日々が過ぎて行く。

 

1950年代、私が通っていた横浜市山手のカトリック系インターナショナル・スクールに、切手の大収集家であるフランス人修道士の先生が居られた。私は、この先生の指導を受け、切手収集を始めるようになった。この先生は単なる収集家ではなく、切手の専門家でもあった。今で言う「切手鑑定士」のような方で特に日本の初期の「手彫り切手」について詳しかった。

 

1950年代、横浜市には何軒かの切手商が店を開いていた。「国際都市」とも言われた横浜は切手収集にふさわしい雰囲気もあった。今はもう無くなって久しいが、当時は横浜駅中央口の近くに「神奈川郵便局」という大きな郵便局がった。ここの記念切手窓口の部長と言う方が毎月、切手商や収集家何人かを対象にした集いを主催していた。私はこの窓口のレギユラーで、更にはあの収集家の先生の生徒であるということで、記念切手窓口の部長さんは、未成年であった私をそのメンバーに入れてくれた。ほぼ毎回この集いに先生のお供のような感じで出たので、大勢の切手商たちと親しくなれた。いつも先生が集いの中心におられた感じだった。先生は当時、まだ乏しかった外国切手の情報などを披露されたり、お得意の「手彫り切手」について話をされたり、実物を参加者に回覧して目の保養をさせて下さったりした。

 

当時日本で著名な切手収集・研究家と言えば三井高陽氏であった。名前の通り三井財閥の重鎮で、財界でも重要な存在だった。(戦前は男爵でもあった。)三井高陽氏は、NHKの朝の番組で切手について話された事があるが、実は私の先生も後日同じ番組に出演し切手の話をされた。1953年のことだったと記憶している。その時先生が終わりに述べられた言葉を今も忘れないでいる…….「どんな切手でも大切にとっておきましょう。そうすれば何十年か後であなたの子どもや孫がそれを見つけて喜ぶことになるでしょう………

 

2. 切手収集の苦労

 

先生のラジオのお話しから70年経った。この間、妻いも娘たちも私の切手収集に理解を示し協力をしてくれた。切手は、郵便局に買に行けばそれで済むものではない。アルバムに入れて保存しなければならない。外国から来た封筒に貼ってある切手は、「水洗い」と称して水につけ、吸い取り紙に乗せて乾かさなくてはならない。外国の未使用切手を入手するには、無論切手商から買うことも出来るが、額面で買うには事前に注文し、送金もしなければならない。1980年代頃から、クレデイット・カード払いで自動発送をしてくれる国が増えた。後半、外国切手はこの手段で入手した。居ながらにしてモナコの切手でも、絶海の孤島であるセントヘレナの切手などが簡単に手に入るのである。

 

注意しなかければならないのは、日本は高温多湿なので、未使用の切手は、くっついてしまうことがあるのだ。日本や英国などでは、「湿度プルーフ」の裏糊を使用するようになったので、くっつく心配は亡くなったが、フランス、アメリカなど随分最近までそのような裏糊を採用しなかった国々が多くある。アメリカ留学時代に持ち帰った切手は全てくっついてしまった。フランスやモナコの切手にもそういうものが多数あった。アメリカの切手は、収集範囲から外した。その他の国々の切手もアルバムを定期的に点検するようにした。それでもくっついてしまった切手を見つけると、大きな声を上げたりしたので、娘たちは切手はきれいだが、集めるのは大変だという印象を強く持ち、自ら収集しようとしたことはない。孫娘たちの何人かは小さいころ、封筒に貼ってあった切手を剥がし、国別にアルバムに並べるようなことをしたことはあったが、収集というところまでは到らなかった。

 

3. 切手発行の歴史

 

人類が文字書くことを覚え、これら書いたものをパピルスや石板などの媒体に残せるようになってから「書いた物を他人に送るため」の仕組みが発展した。いわゆる「郵便制度」の始まりである。この点については、インターネットなどにいくつかの解説的記述があるので、ご関心がある向きは、そちらをご参照頂きたい。私の印象に一番残っているのは、ペルシャのキユロス大王が紀元前550年(550BC)頃に始めた「手紙配達」制度である。国家の権力者が組織的に確立した制度としては、一番古いものと思われる。但し、この制度が現代に引き継がれている訳ではない。

 

私たちが現在日常的に利用している、近代の郵便制度は、1840年にイギリス人のローランド・ヒル(Sir Rowland Hill)に依って始められた。ヒルは郵便制度(「手紙の配達制度」)を国家の独占事業とし、郵便料金は前払いとした。その前払いの証票として封筒に「切手」と呼ばれラベルを貼り付けることが決められた。1840年当時、郵便料金は一通1ペンス一律であった。料金を低額に設定することにより、低所得層もこの制度を利用しやすくなり、需要が大きくなるとの目論見であった。これはその通りとなり、制定当初から新郵便制度の需要は旺盛を極めて成功だった。世界最初に発行された切手は、ビクトリア女王の肖像を図案化したもので裏糊付きであったが、目打ち(ミシン)は入っていなかった。シートからはさみで切り取って販売された。(1854年頃から目打ち入りで発行されるようになった。) 色が黒っぽかったので、この切手は「ペニー・ブラック」として知られている。

                

 

                                     1979年にiイギリスで発行されたローランド・ヒルの切手

                

 

この切手を使っての郵便物配達の制度は、当時のイギリス海外領土や植民地でいち早く取り入れられた。カリブ海の英領の島々では、早くも1840年代後半に取り入れられた。アメリカ、フランス、その他の欧米、南米諸国でも1840年代後半から1860年にかけて幅広く採用され、多くの国々が切手の発行を始めた。日本では、「飛脚便」などが馴染み深かいが、欧米のような郵便制度は1871年(明治4年)に前島密(まえじま・ひそか 1834-1919)によって確立された。前島は日本の郵便制度の創始者として知られる。「郵便」、「切手」「葉書」などの用語は、全て彼が創出したものである。その彼の発案による配達料金前払いの証票、切手もその年に発行された。いわゆる「手彫り」切手である。当時はまだ通貨改革前だったので、発行された切手は江戸時代の通貨そのままで、48文、100文、200文、500文の4種が発行された。翌年の通貨改定により、厘、銭建ての切手が発行となる。また1875(明治8年)には外国向け郵便開始にあたり文字だけでなく、鳥を図案にした切手が発行された。雁、せきれい、鷹などが図案となっていて世界最初の鳥切手とされ人気が高いが、一番安く買える使用済でも3万円はする。状態の良い未使用などは50万円でも手に入らない。

 

5. 切手の図案などについて

 

その後切手の図案には工夫が施され、また国家が発行する証票であるから、国の行事などの宣伝、広報にも使われるようになった。いわゆる「記念切手」などである。図案と言えば世界最初の切手には、ビクトリア女王の肖像が採用された。イギリスの例にならって他の君主国でも国の君主の肖像を取り上げるようになった。切手発行時、共和国であったフランスはローマ神話の女神で農業の守護神とされているセレス(ラテン語ではケレス)を採用した。第二帝国となってナポレオン三世が登場する。アメリカでは初代大統領ジョージ・ワシントンが取り上げられた。その後今日に到るまでワシントンは、おそらく切手に取り上げられた回数は世界一と言われる人物となった。

 

日本では、天皇の肖像は切手とならなかった。戦前は「天皇の玉顔を消印などで汚すのは恐懼の極み」として論外だった。戦後は、天皇は「君主」とは言えないので切手に取り上げるのはふさわしくない、切手に採用すれば天皇制の宣伝になり好ましくないなどという政治的配慮が戦前の「玉顔」論とあいまって天皇は切手の図案に取り上げられていない。例外は、上皇が皇太子時代にご成婚の際に発行された「皇太子ご成婚」記念切手である。1959(昭和34年)410日に発行された記念切手4種のうち10円と30円の2種に当時の皇太子が美智子妃とともに描かれている。その後お二人の肖像を取り上げた切手は発行されなかった。現天皇も雅子妃とのご成婚の際、記念切手の小型シート(額面62円)が1993(平成5)年10月13日に発行された。こちらは小型シートだったので郵便に使われた数はごくわずかで、ほとんどが収集あるいは記念品として死蔵されている。上皇、現天皇いずれも皇太子時代に発行されたもので、天皇として切手の図案になっていない。

                   

                    平成5年発行の皇太子殿下ご成婚記念切手の小型シート

              

 

日本では通常切手の図案となった人物は、戦後は一人だけで、それは1円切手の前島密である。彼は戦後間もなく15銭切手で登場して以来、その後は1円切手として6回登場した。記念切手にも6回取り上げられているので、日本では切手に登場した回数が最も多い人物となった。戦前でも通常切手に取り上げられたのは、神功皇后、藤原鎌足、乃木将軍、東郷元帥の4人のみである。尚、あくまで通常切手に関してであり、記念切手などで顕彰された人物はまた別である。

                      

                        2010年発行                 2015発行「

 

私にとって切手は、まさに「雑学の頂点」である。話題はつきないが、字数の関係で今回はこれまでとする。今後も一般の方がたの興味をそそるような切手の話題を取り上げたいと思っている