ちちぶ天狗

ちちぶ天狗

埼玉県の秩父に天狗がでるそうな

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Kちゃんが亡くなってから、数ヵ月経った。

けれどKちゃんは、小島の夢に現れることが1度もなかった。

どうしてもKちゃんに会いたかった小島は、枕の下にKちゃんの写真を置いて寝たりもしたけれど、それでもKちゃんには会えなかった。

朝起きてKちゃんの写真がしわくちゃになっていた時は、Kちゃんの顔が怒っているみたいになっていて小島は焦ったりもした。

 

 

 

少し時間を戻って、小島とKちゃんが知り合った頃、小島はにわかに信じがたい話をKちゃんから聞いた。

 

Kちゃんは小さい頃からいくつも病気にかかっていて、度重なる病気に親が「何か変なものが取り憑いているのでは?」と心配になり、中学生の時に霊能師に見てもらった事があるらしい。

見てくれた霊能師が言うには、Kちゃんの中に魔物が取り憑いているとのことだった。

その魔物が、いろんな動物の霊を引き込んで、その動物たちの霊がKちゃんの体を蝕む病気をもたらしていると言うのだ。

動物の霊を徐霊することは可能なのだけれど、元凶の魔物は霊力が非常に強くて人間レベルの霊力だと除霊することは出来ないとのことだった。

 

小島は、その話を聞いて「へぇ~」と言ったら「信じてないでしょう~(汗)まぁどうすることも出来ないみたいだし…私もそんなに信じてないけどね。」と言ってKちゃんは笑っていた。

 

 

 

Kちゃんがいなくなって、そんなこともすっかり忘れていた1月の寒い日のことだった。

初めてKちゃんが小島の夢に現れた。

その夢でKちゃんはずっと謝っていた。

 

「ゴメンねトシ。ほんとにゴメン…」

 

小島が「何が?Kちゃん謝ることなんて何もないよ!謝らないで!」と言っても…

 

「ゴメン…ごめんなさい…」

と手を合わせて拝むようにKちゃんは謝るだけだった。

 

小島は、Kちゃんに近寄ろうとしても距離を縮めることが出来ない。

 

「待ってKちゃん。行くなよ!」

 

小島がそう言ったところでKちゃんは消えて夢の場面が急に変わった

いつものように2階のベッドで寝ている自分を小島が天井から見ている場面だった。

 

「えっ?俺!?」

 

小島は、たまに自分を客観的に見ている夢を見ることがあるのだけれど、その時はいつもと何か感覚が違った。

階段を不気味で大きな毛むくじゃらなバケモノがゆっくり上がってくる姿も見えた。

バケモノは、目だけが赤く光っていた。

 

「なんだこいつは!?」

 

寝ているもう1人の小島は、バケモノに全く気付いていない。

そして毛むくじゃらのバケモノは、どんどん階段を上がって部屋の前まで来た。

小島は、ベッドに寝ている自分に知らせたいけれど、どうすることもできない。

 

「ヤバい!」

 

そう思った瞬間バケモノが部屋のドアを開けて、ハッと目が覚めた。

そして小島は、寝ぼけながら時計を見た。

「もう仕事行かないと…寒っうぅ」と起き上がり、布団から出て仕事着に着替えて部屋から出ようとしたときに「ん?」と気が付いた。

部屋のドアが全開になっていることに…

「えっ!?なんで開いてるん?寝る前に絶対に閉めたはずなのに…」

と思いつつも急いで仕事へと向かった。

 

小島は、仕事へ向かいながら「そう言えば、初めてKちゃんが夢に出てきたな…でもなんであんなに謝ってたんだろう?」と考えていると、Kちゃんの中に住んでいる魔物の話を思い出した。

そして夢に現れた毛むくじゃらのバケモノが、Kちゃんに棲みついていた魔物だったのではないかと思った。

Kちゃんが亡くなって居場所を失った魔物が自分の所に来たのではないかと…

そのことをKちゃんは必死に謝っていたのではないかと…

小島は、変な夢のつじつまが合って急にゾッとした。

そして部屋のドアが開いていたということは、魔物が自分の中に入ったのではないかと思った…

 

 

 

そして、もう1つ不思議な事が起こった。

小島の家には固定電話があるのだけれど、昼間に親から電話がかかってくるくらいで誰からもかかってくることが無い電話だった。

そもそも携帯電話があったので、家の固定電話の番号を人に教えることすらしていなかった。

ただ一人を除いては…

 

小島は、Kちゃんと最後に会った日に、Kちゃんに宛てた手紙を書いた。

その時に、なぜだか覚えていないけれど、家の固定電話の番号も書いた。

 

そんな家の固定電話が親以外から初めて鳴った。

それはKちゃんが亡くなって初めての小島の誕生日の深夜0時ちょうどのことだった。

 

小島は、こたつで寝ていたのだけれど、聞きなれない固定電話の音で目が覚めた。

聞き慣れていない音と寝ぼけていたせいもあって、電話を取るのが遅くなった。

「こんな時間に?誰だろ?」と受話器を取ろうとした瞬間に電話が切れた。

小島は、イタズラ電話の類いだと思った。

 

その後、携帯電話に友達から誕生日おめでとうメールが届いて「あっ、今日俺の誕生日か!」と気づいた。

そして自分でもにわかに信じられなかったけれど、電話をかけてきたのはKちゃんではないかと思った。

 

小島は、その後も10年その家に住み続ける。

その間、使わない固定電話を解約せずにおいたのは「もしかしたら、また誕生日にKちゃんから電話がかかってくるんじゃないか?」と思ってのことだった。

 

結局、真相はわからず仕舞いだし、それ以来1度も電話が鳴ることが無かったけれど、世界中の人が「それは勘違いだ」と言っても小島はKちゃんからの電話だったと思っている。

 

 

 

第三章 完

小島は何かKちゃんからのサインを見落としていないか考えた。

特に別れの電話のあたりから最後に会った日までの事を思い出そうとした。

そして小島がいくつか思ったことは…

 

 

 

Kちゃんはプロポーズされて結婚の夢が叶うのに全然うれしそうじゃなかったこと…

未来の明るい話より、自分が死んだらといった発言が多かったこと…

最後に会った日は、ずいぶん痩せていたということ…

化粧がやたら濃くて「今日いつも以上に白いね?」って言ったら「化粧失敗しちゃってさ(笑)」と言ってたこと…

Kちゃんの友達のカヨコさんが電話で言ってた…医者に無理言って外出したと…

顔色が悪いのを隠す為に化粧でごまかしていたから濃くなったんだ…

顔真っ白だったから、俺は「バカ殿じゃん!」なんて言って茶化してしまった…

気付けたはずの事が、別れの寂しさから自分のことばかりになっていた…

全然Kちゃんを見れていなかった…

 

 

 

小島は悔やんだ。

 

 

 

何日か経って、またKちゃんの友達のカヨコと電話で話すことができた。

その時に新しいことが分かった。

 

 

 

彼氏とはだいぶ前に別れていたこと…

彼氏と結婚どころか、あの時は俺だけだったこと…

なのに「自分の幸せの為にトシを1人ボッチにして…ほんとごめんなさい。」なんてKちゃんは電話で言っていた…

それを「幸せになってね」なんて…俺はなんてバカ野郎だったんだろう…

 

小島は、悔やんでも悔やみきれなかった。

「じゃあ…もし気付けていたら…何か出来たのか?…なんも出来なかった…」とも思った。

 

でも…でも…最後まで側にいちゃダメだったのかな…

俺に衰弱してくの見られなくないって言ってたみたいだけど…

もし逆に俺が死にそうで…「衰弱した俺をKちゃんには見られなくない」って言ったら…

Kちゃん「ふざけんな!」って言って絶対怒るだろう…

 

 

 

 

小島は、そんな風に毎日毎日延々と、Kちゃんからのサインを見落としていなかったか、自分にできることは無かったかを探し続けた。

そんなことをしていると、小島の頭に必ず鮮明に蘇るKちゃんの姿があった。

 

最後に会った日、“一生走れない体”と医者から言われていたKちゃんが、泣きながら必死に不自由な足をひっぱって小島の車を追いかけて来てくれた光景が…

「もうあの時は、絶対走れるような状態じゃなかったのに…」それを思うと小島は涙が止まらなくなった。

 

 

 

最後の肉声が…「トシ…愛してる…」って…そんなのズルいよ…

思い出すだけで…泣けてくるじゃんか…

最後にあった日…俺が誕生日にあげたデニムのオールインワン着てきてくれたよね…

最後に俺に笑顔の印象残すため…ずっと笑顔でいてくれたよね…

ほんとは…身体キツくてセックス出来る状態じゃなかったんでしょ?

無理させて…ゴメン…

 

ほんと…俺はバカだった…わかってるつもりで…なんもわかってなかった…

夢の中でも…たとえ…幽霊でも…

Kちゃんに会いたい…

会いたいよ…Kちゃん…

 

 

 

小島は、そんなことを思う日々を何年も続けた。

 

 

 

つづく

Kちゃんと別れてからの小島は、普通の生活することだけで必死だった。

Kちゃんを思うと心臓を握られるような痛みと悲しみに襲われた。

 

特に夜になると、考えないようにしていても考えてしまって眠れなかった。

それでも仕事には行かなければならない。

小島は、寝不足続きで灯油を運ぶタンクローリーを運転していた。

そして運転中に寝てしまってガードレールに突っ込んだ。

命に別状はなかったけれど、顔面打撲の怪我をしてしまった。

 

けれど小島にとって怪我や痛みなんてどうでもよかった。

 

Kちゃんの声を聞きたい…

Kちゃんに会いたい…

Kちゃんは相手と幸せになれるだろうか?

相手の親とも上手くやってけれるだろうか?

 

そんなことばかりを考える毎日だった。

 

そしてKちゃんと最後に会ってから1ヶ月半が経った頃、小島の携帯に知らない番号から電話があった。

小島が電話に出てみると…

 

「もしもし…トシ君の電話で間違いないですか?」

 

「はい…そうですけど…」

 

「私はKの友達のカヨコっていう者です。」

 

「えっ!?Kちゃんの友達!?はい、どうしたんですか?」

 

「…言いづらい話なんですが…先週…Kが亡くなりました…」

 

「えっ!?亡くなっ…えっ!?」

 

「Kが闘病してたのは、ごぞ…」

 

「ちょ待って!

…えっ?Kちゃんが死んだって言ってるの!?

結婚したんだよね?彼氏と?

ゴメン(汗)頭がパニクって…」

 

「Kには言わないでと言われてたのですが…」

 

「お願いします。話してください。知ってること全部!」

 

「はい…わかりました。

…何から話せばいいのか…

まず…トシ君には結婚するから別れたいってKは言ったんですよね?

それは…嘘です。

たぶん別れを告げた辺りには入院していたと思います。

医者にもう長くは生きれないって言われて…

それで別れようと思って…そんな嘘を言ったんだと思います。」

 

「…何でそんな嘘を言ったんだろ…」

 

「トシ君に衰弱する姿を見せたくなかったんだと思います。

8月の終わりに最後に会ってますよね?

あの日も医者に無理行って外出したと言っていました。」

 

「・・・」

 

「トシは優しいから凄く心配するし悲しむと思う。

トシの悲しむ顔は見たくなかったってKは言っていました…」

 

「…他には…他にはなんか言ってましたか?」

 

「…トシに会いたいって、私がお見舞いに行く度に言っていました…私も…『そんな泣くほど会いたいなら私が連絡して来てもらおうか?』って何度も言ったんですけど…『こんな姿トシに見られなくない』って言って…」

 

「そうですか…」

 

「私が死んだら…死んだ事だけ…いつでもいいからトシに伝えてほしいって連絡先を預かっていたんです。

すぐにでも連絡したかったんですが…私も心の整理が出来なくて…遅くなってすいません。」

 

「いえ…ありがとうございます…

Kちゃんは…おばあちゃんの墓に入れたんでしょうか?」

 

「それはちょっとわからないですけど…わかり次第連絡しましょうか?」

 

「はい、お願いします。1度…おばあちゃんの墓参りに行ったことあるので…同じ墓ならいいですけど…」

 

「じゃあ連絡します。突然の電話ですいませんでした…」

 

「いえ…ありがとうございました…」

 

小島は、電話を切った後の事を覚えていない。

1つ覚えていることは、ただただ涙が溢れて止まらなかったということだった。

 

小島は今もこう語っている…

「世界で一番優しい嘘を俺はつかれたのです…

Kちゃん…Kちゃんに会いたい…

会いたいよ…Kちゃん…」

 

 

 

つづく

Kちゃんは、病気で毎日大量の薬を飲んでいたこともあって、急にキレ出したり、暴言を吐いたり、精神的に不安定になることがあった。

体調が悪い時ほどその傾向は強かった。

そして、その頻度は確実に多くなっていった。

けれど、Kちゃんがそんな風になってしまう時は『Kちゃんday』と名付けて、2人は良い関係を築こうと努力した。

Kちゃんが自分の命を絶とうとした以前のようなことが2度と起きないように。

 

例えば、小島が電話しようと思った時に、Kちゃんが「ごめん、今日、Kちゃんdayで…」と言えば、小島はKちゃんをそっとしておいた。

『Kちゃんday』という言葉は、Kちゃんが甘えて逃げさせてもらえる言葉であり、小島はすぐに状況を察することができる言葉だった。

つまり『Kちゃんday』という言葉があることで、Kちゃんの負担が少なくなり、小島もKちゃんに負担をかけずに済むようにしていたのだ。

 

 

 

そんな関係を築いてきた2人だったけれど、Kちゃんの誕生日から4ヶ月後、小島はKちゃんに電話でこう言われた。

 

「彼氏にプロポーズされて結婚することになったの。

だからもうトシとは会えません。

自分勝手でごめんなさい。

自分の幸せの為にトシを1人ボッチにして…ほんとごめんなさい。」と。

 

喧嘩したわけでも、気持ちが冷めたわけでもない。

でも確かに感じていた小島の嫌な予感は、現実のものとなった。

 

前々から、もしKちゃんが彼氏と結婚することになったら、2人の関係はそれまでにしよう、と話してきた。

Kちゃんの幸せが最優先だという気持ちが小島にはあったからだ。

そしてKちゃんからプロポーズの話をされた時も、それは変わっていなかった。

 

その反面「俺はケーちゃんを愛してる。ずっと一緒にいたい。」という気持ちも変わってはいなかった。

けれど小島は自分の気持ちを抑えるしかなかった。

なぜなら、プロポーズを受けて結婚すると決めたKちゃんの意志を大事にしたかったからだ。

 

 

 

少し話が脱線するけれど、小島は女性経験が一般的な男と比べると豊富で破天荒なことをやらかしているように思われがちだ。

けれど、実は小島が相手の気持ちを優先させた結果そうなっている。

 

過去を振り返ると…

 

高校生の時、大好きだった彼女のアイの家に毎晩忍び込んでイチャコラしていた。

けれど肝心のセックスは、アイが痛がったので強引にすることはなかった。

そして小島は別れたくなかったけれど、アイの気持ちを優先して自分は身を引いている。

 

初体験のカオリちゃんと、バコっとくのミポリンとは、半レイプだったけれど、それも相手に合わせてのことだった。

 

奇妙な部屋に住んでいて、相撲取りのような体形でピンヒールを履いている明日香を抱いたのも、自分を殺して相手に合わせてのことだった。

 

乱交も経験したけれど、強引にセックスに持ち込んだ女の子は1人もいない。

 

3Pの時は、ハブの力もあって最初ちょっと強引に攻めたけれど、ルミがノリノリになったからハッスルしたのであって、ルミが嫌がれば小島は間違いなく途中でやめていただろう。

 

都内にいる手フレのミーコとの関係もそうだ。

毎月ミーコのアパートで散々潮を吹かせて乱れさせて、自分は手マン以外何もせず秩父へ帰っていく。

ミーコには彼氏がいるので、小島とのセックスを望んでいないからだ。

 

小島は、他にも色々な経験をしているけれど、いつも相手の女性に合わせている。

そんな小島がKちゃんに言った言葉は、こうだった…

 

「そっか!夢叶うんだね!まだおめでとうって言えるほど気持ちが整理できてないけど…

うん。これで良かったんだよ。」

 

「ごめんね…」

 

「謝らなくていいよ。でも最後にもう一度会ってよ…

電話で、はい、さよならは寂しすぎるからさ。」

 

「うん。わかった。」

 

小島は、電話を切ってから「とうとう来る日が来てしまったのか…」と動けなくなった。

そして「いつまでも離婚出来ないでいた俺が悪い…Kちゃんは夢が叶うんだ…」と必死で頭を整理しようとしたけれど寂しさに押し潰されていた。

 

 

 

2人が最後に会ったのは、別れの電話から1ヶ月経った8月30日だった。

小島は、気持ちの整理をしたつもりではいたけれど、いざKちゃんに会ったら、どう気持ちが動くのか自分でもわからなかった。

 

待ち合わせは、2人の家のちょうど中間地点にした。

Kちゃんは、自分の車を置いて小島の車に乗り込んだ。

Kちゃんは、小島が誕生日に買ってあげたオールインワン着ていた。

 

「なんか…久しぶりだね…」

 

「そうだね。トシと出逢ってからこんなに会わないでいたのなかったもんね…」

 

「今日は泊まれるの?」

 

「うん。トシとの最後の日だからね…出来る限り一緒にいたい。」

 

そしていつものホテルに入った。

 

いつもお世話になったホテル…

管理人のおばちゃんとも仲良くなって、鶏の卵や畑で取れた野菜なども頂いたこともあった…

それも今日で終わりか…

 

小島は、そう思うとおばちゃんの顔を見ただけで寂しさが増した。

 

小島は、その日たくさんKちゃんと話したけれど、あまり覚えていない。

お互い感謝の気持ちを言っていた気がする…くらいだった。

 

ただ1つはっきり覚えている会話が…

 

「私…小さい頃から病気で死と隣り合わせで生きて来たから…覚悟出来ていてね。死ぬのそんなに怖くなかったんだ…

でもトシに出逢って…好きになって…ずっと一緒にいたいって思うようになってから…死ぬのが凄く怖くなったの…」

 

「・・・」

 

「トシ…私が一緒に死んでって言ったら死んでくれる!?」

 

「いいよ。」

 

「なんでトシは即答で答えられるのよ…」

と言ってKちゃんは泣き出した。

 

「なんでって…Kちゃんのいない世界に何の未練もねぇもん俺。」

 

その日2人は一睡もせず抱き締め合った。

小島は「あと少しだけ…あと少しだけ…」と思いながら、Kちゃんを抱き締め続けた。

 

そして別れの朝が来てしまった。

小島は、Kちゃんを車が停めてある駐車場まで送った。

小島は「それじゃ!Kちゃん…今までありがとう。幸せになってね。結婚おめでとう…」と言ってKちゃんの車のドアを閉めた。

 

小島は、すぐにでも泣き出したい気持ちだったので急いで自分の車に乗り込んだ。

そして泣いてしまう前に帰ろうと車を発進させた。

 

小島が、ふとルームミラーを見るとKちゃんの姿が小さく映っていた。

しかもKちゃんは、小島の車を走って追いかけてきていた。

不自由な足で泣きながら…

 

小島は、すぐに車を降りてKちゃんの所に駆け寄った。

もう小島は、もう涙を我慢することが出来なかった。

 

しばらく抱き合って2人で泣いたあと、

「トシ…愛してる…」

「俺も愛してる…」

と言ってキスをした。

 

 

 

これが2人の最後のキスになった。

そして2人が会うことは二度となかった。

 

 

 

つづく

小島とKちゃんが出会って2回目のKちゃんの誕生日は、郡山へ行く計画をしていた。

なぜ郡山かというと、2人が知り合うきっかけとなったヴィンテージジーンズが数百本店頭に置いている大型の古着屋へ行きたかったからだ。

けれどKちゃんは、誕生日間近に体調を崩して旅行に行くことができなかった。

 

Kちゃんは、体調のせいで今回のように旅行へ行けなくなったり、急に会えなくなることをずいぶん気にしていた。

だからそんなことがある度に「いつもごめんね…」と謝る。

その度に小島は「Kちゃんといられるならほんとどこでもいいんだよ俺は!だから気にすんな!」と言う。

それは本心だったので、Kちゃんが謝る度に、何度でも同じように本心を伝えた。

 

 

 

32歳になったKちゃんのお祝いは、誕生日から数日経ってからになった。

会う前にKちゃんは、「旅行ダメにしちゃったから…トシのやりたいこと何でもしていいよ!…エッチな事でもいいよ♪」と小島に言った。

小島は、Kちゃんと初めて結ばれた去年のバレンタインデーにKちゃんがドレスアップしてキャバクラコントをしてくれたことを思い出した。

なので「キャバクラコント楽しかったから、あれまたやりたい!」と答えた。

「わかった!じゃあとびきりエロいドレス持ってくね(笑)」とKちゃんは言った。

 

そしてお祝い当日、すぐにホテルに向かわずに少し長めのドライブをすることにした。

 

小島の母校を回ったり、小島がよく野球の試合をした球場に行ったり、小島が「ここの家、元カノん家!」と言って右ストレートが飛んできたりと、楽しいドライブになった。

 

そんなドライブ中に小島がなんとなく「タバコでも吸おうかな…」と思っていたら、Kちゃんがタバコに火を着けた。

小島が「タイミングが一緒だな…」と思っていると、Kちゃんは火のついたタバコを運転している小島の口にくわえさせた。

そして「そろそろ吸いたくなったでしょ?」と言ってニコッと笑った。

他人から見れば些細で偶然と思われてしまうようなことが小島にとっては幸せだった。

 

それからキャバクラコントをするために、コンビニでお酒とつまみを買って、いつものホテルへと向かった。

そしてKちゃんがドレスに着替えて第二回キャバクラコントが始まった。

 

Kちゃんは露出度の高いドレスで登場した。

「たしかに…エロい…」と小島は思った。

 

「初めまして…Kです。」と言って小島は名刺を渡された。

 

その名刺は、去年のバレンタインデーにもらった名刺ではなく『小島恵子』と書かれていた。

 

「へぇ、お姉さん名字小島って言うんだ~俺も小島って名字なんだよね!」

 

「えーそうなんですか!?偶然ですね!でも私の本名じゃなくて、大好きな人の名字勝手に借りてるんです(笑)」

 

「そうなんだ!勝手に借りて怒られたりしないの!?」

 

「その人…アホなんで怒るどころか喜ぶと思いますよ~(笑)」

 

「そうなんだ!?うん。そうだね!喜んでるね!きっと!その人のどこが好きなの!?」

 

「アホなとこです(笑)あと…超が付くほど…優しいんです。」

 

「良かったね!そんな人に出逢えて!」

 

「はい!ほんとよかったです。」

 

その日、キャバクラコントは日付が変わるまで続いた。

そんな楽しい誕生日ではあったけれど、やっぱり小島は、この関係がもう永くないのではないか?という言葉で言い表せない不安を抱えていた。

 

 

 

つづく

ある日小島は、カホちゃんから、白血病で入院している将軍が鬱病になったと連絡を受けた。

入院が長引くと鬱病になるのは珍しいことではないと、小島はKちゃんからもらったファイルで学んでいた。

そして鬱病の人に「頑張れ」といった励ましは、禁句だということもわかっていた。

 

小島は、病院へ行って将軍にこう言った。

 

「何やってんだよ、頑張れよ!

散々嫁さんに迷惑かけてんのに、そのうえ鬱病なんてよ!

子供たちにも心配かけてんだから、もっと頑張れよ!

どーせ、仕事行きたくない言い訳に使ってるだけだろ!

そもそも長期入院した人にありがちな大衆病に、オメーがかかること自体ダサいわ(笑)!」

 

と言って小島は帰った。

小島の言葉が効いたのか、将軍は速攻で鬱病を克服した。

 

そんなこともあったりしながら、将軍は闘病生活に打ち勝ち、入院してから半年後に退院できた。

5年間再発しなければ完治ということなので完全に安心はできないけれど、小島は「ほんと死なないでくれて…よかった!」と思った。

そして将軍から「子供達とお前がいなければ…もう死んでもいいかなって思ったよ。」と言われた時、小島は涙が出てしまった。

 

 

 

将軍は退院すると家族で海へ旅行に出かけた。

そして子供と遊んでいるときに、将軍は岩場でつまずいてヒザをパックリ割って帰って来た。

 

Kちゃんのファイルには「退院後は自分が思っている以上に体が動かないので、ちょっとした段差でつまずいて転倒したり怪我をしやすいので注意するように」とちゃんと書かれていた。

 

「せっかく退院したのに何やってんだ(笑)」

と小島とKちゃんは笑った。

 

 

 

つづく

年が明けてからも2人は月に2~3回のペースで会っていた。

2月のバレンタインデーに小島は、前の年に色々あって作ってもらえなかったチョコケーキをもらった。

「ひいき目なしで美味しいケーキだ!」と小島は思った。

 

ちょうどその頃、小島には悩みがあった。

それが何かというと、小島の父親、じいちゃん、ひぃじいちゃん、みんなハゲていたということだ。

そんなハゲ一族に産まれていたので、小島は自分もハゲる運命だとわかっていた。

だからハゲる前に遊べるだけ遊んでおこうと、金髪にしたりパーマをかけたりした。

それがハゲを加速することはわかっていたけれど、まさか20代で薄毛になってくるとは思っていなかった。

そんな予想外のハゲの進行に悩んでいることをKちゃんは何となく察していたのだろう。

 

ある日、Kちゃんが真面目な顔をして「大事な話がある!」と小島に言った。

 

「トシ…真面目なお願いだから、ちゃんと聞いて!

私ね…トシより早く亡くなると思うの…

それで…私嫉妬深いでしょ!

私が亡くなった後…トシが色んな女にモテてしまうのが、許せないのよ!」

 

「いやいや(汗)俺はモテないよ!」

 

「いや!モテる!私、心配で成仏出来ない!」

 

「なこと言ったってどうすりゃいいんよ!?」

 

「髪の毛長いとカッコよく見えちゃうから…これからはスキンヘッドくらい坊主にして!

そして2度と髪の毛伸ばさないで!

これはお願いでもあり、命令なの!」

 

「えっ命令なん!?(笑)」

 

「そう命令!私の命令トシ聞いてくれるよね!」

 

「うん。わかった!」

 

次の日、小島は髪の毛を綺麗に丸めた。

その日以来、小島は1度も髪の毛を伸ばしていない。

 

小島は後にこう語っている…

「とんでもない命令に聞こえるかも知れないが…これはKちゃんの優しさなんだよね。

短い坊主にしちゃえば少しはハゲ隠しになるし…

誰かに「髪伸ばせば?」って言われても…「好きな女の命令で伸ばせないんだよ」って言い訳できるからね(笑)

俺にハゲを隠す口実をKちゃんはくれたんだ…

まぁハゲはハゲなんだけど(笑)

気持ちは凄い楽になったよ(笑)」

 

 

そして小島とKちゃんが知り合って2度目の春が来るのだけれど、その前に嬉しいニュースが入った。

 

 

 

つづく

その年のクリスマスは、Kちゃんが入院していたので2人は会えなかった。

年末の28日にKちゃんは退院した。

 

大晦日はナツが夜勤だったので「今年は一緒に年を越せるね」と小島とKちゃんは喜んだ。

大晦日の日は、2人は昼間から会って、ホテルに入るまで時間があったのでカラオケに行くことにした。

 

そしてKちゃんが「トシ、前にミズエちゃん達と行ったときに鉄君が歌った歌を歌ってよ!」と言った。

 

「鉄郎が歌った歌!?どんなんだっけ?」

 

「私がこの歌初めて聞いたけど、凄くいい歌!って言ってた歌だよ~思い出して!」

 

「え~(汗)自分が歌った曲なら思い出せないこともないけど…人が歌った歌までは…しかも…あの時、Kちゃんぶちギレてたからさ~俺それどころじゃなかったし(汗)」

 

「じゃあ、鉄君に電話して聞いてみて!」

 

「それが早いな!」

 

小島は鉄郎に電話した。

 

鉄郎「そんなんいちいち覚えてねぇで(汗)何歌ったかさ?長渕じゃないんでしょ?」

 

「長渕ではない(笑)」

 

「じゃあ…サスケの青いベンチとか…」

 

「あ、それかも!?思い出した!あんがと!よいお年を~」

 

「え~そんだけの用かよ~」

 

小島は速攻で電話を切った。

 

「Kちゃん!わかった!サスケだ!」

 

「そうだっけ?まぁ歌ってもらえば思い出すかも…」

 

「曲がわかったのは良かったけど…残念なことにあの曲俺には歌えんぞ!」

 

「いいから歌って!」

 

小島は、渋々曲を入れた。

せっかくなので、サスケ本人達が出てるミュージックビデオ映像が出るバージョンを選択した。

 

小島がしばらく歌っていると、Kちゃんは「あっ、この歌この歌!」と言った。

どうやらサスケの『青いベンチ』で正解だったようだ。

 

そしてサビの映像ではボーカルのアップになった。

その時「えっ!ゆうたじゃん!」とKちゃんは叫んだ。

 

小島は、歌うのをやめて「え?何?」と聞くと、Kちゃんはこう言った…

 

「右で歌ってるの高校ん時の元カレ(笑)」

 

「マジ!?歌手になったん知らなかったん?」

 

「知らなかった(笑)元カレって言っても期間短かったし…別れた後一切連絡とってないもん(笑)」

 

「マジか(汗)こんな偶然あるんやな~(笑)カッコいいじゃん!元カレ。」

 

「バスケ部でモテてたよ!」

 

「あっそ…」

 

「妬いてんの?トシの方がカッコいいよ!」

 

「それはない!目腐ってんのか!?」

 

「あっ、もっぺん言ってみ(怒)」

 

「嘘です…すいません(汗)」

 

そんなカラオケも終わってファミレスで夕飯を食べた。

それからホテルに入り、ホテルの管理人のおばちゃんと話して、後で近くの神社に初詣に行ってもいいかを聞いた。

その頃には、よく管理人のおばちゃんとも話していたので「全然いいよ」と言ってくれた。

 

2人は、夜の11時30分頃にホテルを出て近くの神社に行った。

小島は「Kちゃんと少しでも永く一緒にいられるように」と願った。

帰りに小島がKちゃんに「何を願ったの?」と聞くと…

 

「願い事はいっぱいあるんだけど…毎年同じ願い事になっちゃうんだよね…」

 

「何?」

 

「世界が平和でありますように…」

 

個人的な願い事をした自分が恥ずかしくなった小島は、その後、Kちゃんに「トシは何を願ったの?」と聞かれて「一緒!」と嘘をついた。

 

Kちゃんと知り合うきっかけになったモバゲーでKちゃんは日記を書いていた。

「戦争の悲惨さ」「原爆の怖さ」「犬の殺処分」等々を自分で勉強して調べて、少しでも多くの人に知ってもらうために書いていた。

 

そんなKちゃんだから「世界が平和でありますように…」という願いは、やたら小島の中でしっくり来るものがあった。

そしてKちゃんのそう言う所も小島は好きだった。

 

 

 

つづく

ある日の夜、小島のもとにメールが届いた。

 

「トシ…今までありがとう…一緒になる未来がないなら私には生きる意味はありません。さようなら。」

 

その後すぐにメールで写真も届いた。

写真を開いた小島は、最初何の写真かわからなかった。

よく見ると、手首から裏肘まで42ヵ所をカッターで切った血だらけの写真だった。

 

小島がすぐにKちゃんに電話をかけると、Kちゃんは、ろれつが回らないほど酔っぱらっていた。

(Kちゃんは、医者から酒は絶対飲んではいけないと言われている)

小島が何を言ってもKちゃんはラリっていて会話にならなかった。

 

夜の11時を回っていたけれど、小島はKちゃん家へ車を走らせた。

Kちゃんの家に到着すると電話で呼び出した。

小島は、ふらふらのKちゃんを家の外に連れ出し、指を突っ込んで酒を無理やり吐かせた。

そして小島の車に乗せて近くの公園の駐車場へ行った。

 

小島は、水を飲ませてKちゃんの酔いが覚めるのを待った。

Kちゃんは助手席で眠ってしまった。

 

2時間ほどたった頃、Kちゃんが目を覚ました。

 

「あれ…なんでトシいるの?」

 

まったく記憶がないようだった。

小島は、どんな状況だったかをゆっくり説明した。

 

「ごめん…」と謝るKちゃん。

怒りが最高潮に達した小島は、とうとうキレてしまった。

Kちゃんの血まみれの腕を思いっきり握った。

「痛い!痛い!」と言うKちゃんに「痛いじゃねぇよ馬鹿野郎が!お前何やったかわかってんのか!俺を置いて死のうとしたんだぞ!!」と小島は大声で怒鳴りつけた。

 

「ごめん…」と泣き出すKちゃん。

 

「おい!今すぐカッター持ってこい!お前の目の前で俺の腕死ぬまで刻んでやっから早く持ってこい!!」

 

「ごめん…」

 

「ごめんじゃねぇよ!いいから早く持ってこい!」

 

「トシごめんなさい、ほんとごめんなさい。」と大声でKちゃんは泣いた。

 

「Kちゃん…なんで?…なんで死のうとなんかしたの?…なんで?」

小島から涙が溢れてきた。

 

Kちゃんは、小島の手を握り「ごめんなさい…ごめんなさい…」と謝り続けた。

 

12月8日の時刻は朝の4時のことだった。

そして小島とKちゃんが知り合ってちょうど1年目の日だった。

 

 

 

つづく

小島とKちゃんが知り合って1年が経とうとしていた頃、小島とナツの離婚話は一向に進んでいなかった。

小島は、ナツのことが嫌いになったわけではない。

「Kちゃんが死ぬときは、せめて俺の嫁として逝って欲しい」そう思っての離婚だった。

そして「自分の一方的なわがままで、ナツは何も悪くない」と思っていた。

だから小島はナツの意志を尊重したかったし、強引な離婚はできなかった。

 

ナツは、離婚したくない理由を決して小島に話さなかった。

なぜ離婚したくないのか、なぜ理由を話さないのか、そういったことが小島には一切わからないままだった。

 

小島は、ナツと結婚する前から散々浮気をしてきた。

結婚してからの高校生のチィちゃんとの浮気もバレている。

けれど、今回ほどナツが態度を硬化させたことは一度もなかった。

小島には「女の意地なのだろう…」と解釈するくらいしかできなかった。

 

ある日、小島が家の2階の部屋にいると、叫び声のような怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。

「ん?何だ?」と思って1階に降りると、盛り上がった布団から叫び声のような怒鳴り声のような声がするので、小島は布団をめくった。

そこにはイヤホンをしているナツが、丸まってaikoの曲を叫ぶように歌っていた。

 

布団をめくられて気が付いたナツは、「何?」と小島に言った。

イヤホンからは、盛大にaikoの曲が音漏れしていた。

小島は、何も言わず布団を元に戻した。

 

ナツは、ライブに行くほどaikoが大好きだった。

「今のナツの心のよりどころは、aikoしかないんだろう…」

小島は、そう思った。

 

 

 

一方Kちゃんは、病気が悪化して入退院を繰り返すようになった。

そして小島の離婚も一向に進まない。

Kちゃんは次第に心も病んでいった。

電話で急にキレ出したり、暴言を吐いたり、精神状態が不安定になっていくKちゃんを、小島はどうする事も出来ないでいた。

 

小島は、後にこう語っている…

「この時期が一番3人ともきつかったんじゃないかな…」

 

そしてとうとう起きてはいけないこと事が起きてしまった…

 

 

 

つづく