誇張表現が過ぎたのではないか [『灼眼のシャナ』第8話] | 内向的思考型人間の物思い@Ameba

誇張表現が過ぎたのではないか [『灼眼のシャナ』第8話]

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このトピックは2010年12月4日のツイートを元に加筆修正したものです。


第8話についても書いてしまいましょう。マージョリー編のラストになりますが、やはり感情表現が上手く行っておらず、展開が軽くなってしまっています。唐突な印象は否めません。全体的にわざとらしいというか、説明臭いというか。

灼眼のシャナ 第8話「麗しのゴブレット」 : ニコニコ動画

まず冒頭でシャナが始めて自分を「シャナ」と名乗るシーンがあるのですが、ここはもう少しさりげなくても良かったのかなと思います。あまり誇張しすぎると却って白々しいのです。また、シャナがマージョリーたちの注意を自分に集中させるところも、わざわざラミーが説明しなくてももう少しさりげなく描くことは出来たと思います。

さらに、戦闘シーンに余計な間をとりすぎています。原作を読むと、それぞれのキャラのモノローグは戦闘の中で瞬間的に行われているもので、アニメとして描くときにはキャラを動かしながらモノローグに入れば良いですね。マージョリーが悠二を攻撃するシーンも、もっと唐突なはずです。尺や予算の問題は合ったのだろうと推察しますが、何とかして欲しかったところです。

シャナが炎の翼を発動させる部分も、あんなに超展開なイメージはなかったのですが……。なぜこのようにイメージが異なるのかは原作を久しく読んでいないので分析できません。また機会があれば考えてみます。

マージョリーはシャナに敗れた後、悠二とシャナの様子を見て「ずるい……」とぼやいています。原作で先の方まで読み進めると分かるのですが、マージョリーは過去の出来事が理由で、誰が相手でも一定の距離をとって接しているところがあります。佐藤や田中にそっけないのもそのためです。しかし内心、孤独な旅を続けることに寂しさも感じているのですね、マルコシアスの咆哮を聞きつけた2人が駆けつけたのを発見したときに涙したのは、そういう背景があるためです。マージョリーはこの後、佐藤家を拠点に御崎市に残ることになります。ラミーの助言により「銀」を探す意味が無いことを知ったというのもありますが、それ以上に2人の存在は大きかったのでしょう。

13:35のマージョリーの回想から使用されている楽曲「Shana」は番組のメインテーマで、まだ一切動画が挙がっていない時期に音楽の大谷さんが書き下ろしたものらしいです。サントラでは珍しく一連のストーリーをなす曲で、ここまでノーカットで本編に使用されることはほとんどありません。忍び寄る恐怖と、漂う虚しさ、切なさ。その先に見える一筋の光。初めてこの曲を聞いたとき、大谷さんが如何に原作を読み込んだのかということが分かりました。序盤はアニメ化が上手く行っていないと以前から述べていますが、楽曲の方がよっぽどそのニュアンスを継承していると思います。

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