、核を保有するのも自動車免許証があればどなる気がしてきます。分かってもらいたいのは、この日本では、自動車免許証が東電の社長よりも力を持在であり、その気になれば新しい法律さえ作りかねないと言う事で

しかし、この自動車免許証、僕のなると大抵、どんなバカでも、犬でも持っています。持っていない人の方が珍しい。
するとどうでしょう。免許証を持っていないだけで分自分の証明できないだけでなく、「え、免許持ってないんですか?」と、社会不適合ような扱いを受けてしまう。それが今の日本です。
昨日、東電の株主総会が行われました。昨年べた株主は約半分という、夏フェスだったらエラいことになっていましたが、その株主の提案、11の内「無免許で電気を使っている奴は、明日からローソクでどーにかすること」という意見以外は全て不採用となりました。

考えた答えは「家族」だ。
現代には「親子」にはなれても「なれていない家庭が多すぎる。家族って、遠慮する間柄じゃない。本気で家族の事を想い、同じ共有し、ぶつかる時は本気でぶつかり、寂しい夜は共に泣いて月を見る。そんな血のつながりを超えた最強の共同体、それが家族だと思う。
チルチルミチルが幸せの青い鳥は結局家の鳥かごの中にいたように、僕たちが幸せを探しにいっても、それは家庭の中にあって外には無い。

東京に住み始めて早8年。たり前の事を見失っていた。

あの映画の中に出てくる人はち若者が経験した事の無いような原始的な機械や器具を使い、現在から見れば驚くほど不便な生活をしていわらず、みんな幸せそうだ。楽しそうだ。きっと、僕たちよりもよっぽど幸福を感じている。

それを見て「昔は不便だったからこそった」という人がいたら、それは間違いだ。もう一度いうが「便利な暮らし」と「幸せ」は別物で、引にどちらかを手に入れるものではない。でも、なんで僕たちがいま、それを感じる事が出来ないのだろうか福」の原点とはなんだろうか。