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ビッグバンタイム

プロレス界の光と影

ビッグバン・ベイダー、2013年来日計画発表!


 「WHO IS THE MAN!プロレス界の皇帝・ベイダー様は新年早々から体調万全、いつでも臨戦態勢だ。

俺様の残りのアスリート人生を悔いなきものにするために、今年は次々とビッグサプライズを巻き起こしていきたい。

日本においては、是非とも俺様ゆかりの偉大な選手、団体に協力し、激しく闘いのあるリングに参戦したいと考えている。日本の団体からのあらゆるオファーを前向きに検討したい。オファーを待っている!ガンバッテー!」


ビッグバン・ベイダーの元には、ネットベンチャーや食品メーカーからの協賛話が持ち込まれており、ベイダーを招聘した団体に関しては、これら協賛企業とのコラボにより、プロレス界全体を盛り上げていくことを計画中だ。


なお、日本のベイダータイムプロモーションには、過去に元WWEスーパースター、未知の強豪を数多く招聘した実績を聞きつけ、アメリカ、カナダ、メキシコなど世界中からメールが寄せられている。その中から春に世界最高峰の美女レスラー招聘を決定。
また、185cm170キロの謎の超大型マスクマン、“ザ・スーパーコンビクト”から日本の各団体への挑戦予告メールも寄せられた。





今からちょうど、25年前の12月27日は記念すべき、ビッグバン・ベイダー誕生の日、日本デビューの日です。



新日本プロレスのイヤーエンド国技館で、たけしプロレス軍団の刺客とし登場したのがベイダー選手でした。



今回、25周年の節目に全日本プロレスに招かれ、武藤選手、曙選手とタッグを組んだことを喜んでいました。


次回は曙選手と対決してみたいそうです。



また、小橋選手の引退を大変残念がっていました。


小橋選手が引退興行にベイダー選手を招きたい、ということを人づてに聞いたベイダー選手は要請があれば、是非、協力させていただきたいそうです。


そして、ベイダー選手はこれからもまだまだ戦い続ける、とコメントしています。

女子プロレスの光と影 Y代表ブログが随時、更新されていますので、そちらをご覧ください。


今後も様々な秘話を公開してくれるはずです。

受賞された皆様、おめでとうございます。

我々自身はさほど、注目している賞ではありませんが、オカダ選手の活躍は素晴らしかったと思います。

久々の190cm超えのスター。昔はゴロゴロいたのに、今は180cmでも大きいということになってしまう。

昔は長州さんでも小さいって言われていた時代が懐かしい。


しかし、気になったのは女子大賞。大賞を取られた愛川選手は何の問題もなく、女子プロレス界に金の雨を降らせてくれたと思います。


しかし、「なんでこの人が?」って選手に複数票入っていたり、さらに他の選手ですが、何票か入っていたことをことさらアピールするアホがいたことには唖然としました。

どこの世界に、何票か入っただけで受賞していないのに、それを恥も外聞もなく、自分から発信するバカがいるのかと。


プロ野球で、MVPを阿部や吉川が受賞して次点の選手が何か言うことなんてありえないでしょう。ファンも次点に注目なんかしていないし、それが当たり前です。

相撲だって準優勝なんて全く記録に残りません。

レコード大賞も同様。芸能界なら総スカンです、こんな輩は。


正直、これが(一部でしょうが)プロレス界のレベルなんだなって残念に思った次第。






皇帝戦士ビッグバン・ベイダーはビジネスマンとしても優秀であり、業界きってのタフネゴシエーターである。


プロレスビジネスも「自分の身体能力やキャラクターを資本として投資し、回収するもの」と位置づけている。

なので、いかに試合以外の収入を増やすか、というのも重要なポイントだそうだ。


試合やグッズだけが収入源の選手が多いが、老後も考慮し、いかに+αでマネタイズできるかはあらゆるビジネスでも不可欠なことである。


ベストバウトはよくハンセン戦と言われるが、本人は「1つに決めきれない。ハンセン、スティング、三銃士、イノキ、チョーシュー、フジナミ、タカダ、ミサワ、コバシ、アキヤマ、カワダ・・・」と答えている。


ちなみにハンセン戦は試合前にハンセンが振り回したカウベルが鼻に当たり、試合早々、双方カッとなってのガチなノーガードの殴り合いになったそうである。 


試合序盤、ハンセンのパンチが目に当たり、眼底骨折したが、意に介さず、そのまま伝説の名勝負を作り上げたのはさすがである。


戦ったハンセンの顔もボコボコになったこの試合は「プロレスや総合格闘技という概念ではおさまりきらない死闘」と言われたものであった。

この試合により、外国人レスラーでは希少な東京スポーツ特別賞にも輝いた。


「最近の選手だとすぐ試合をストップしただろうが、あの試合は新日本、全日本のガイジンを代表して戦った試合だったので、負けるわけにはいかなかった」そうだ。


たしかに一部の新日本ファン(私もそうであったが)はハンセンが1981年末に全日本に移籍した後、その喪失感を埋め合わせるに足りる最強外国人が現れなくなった状況において、いわゆる「ハンセンシンドローム」に悩まされていた。


キングコング・バンディ、ビリー・ジャック、ハクソー・ヒギンス、バンバン・ビガロ・・・・皆、ハンセンのような神話は作れなかった。


わずかにホーガンとブロディがその喪失感を埋めてくれてはいたが、ホーガンからはWWEに去ってしまい、、ブロディは再び、全日本に戻ってしまった・・・・。





1990年2月20日東京ドームのハンセン戦。この試合こそ、皇帝戦士の最強記念日だ。

長年にわたるハンセン・シンドロームという新日本ファンの鬱積を、当の本人、浮沈艦ハンセンを相手にベイダーが払拭したこの試合こそ、浮沈艦から皇帝へと時代は移り、ベイダーの最強外国人伝説がスタートした記念日でもあるのだ。




そして、事実、ベイダー全日本移籍後、エース外国人の座はハンセンからベイダーに受け継がれ、以降、

2012年のこの日まで、事実上、最強外国人に君臨し続けている。