失踪そして女の夜 | 水と土

水と土

水のそばにいたいです

昨日 紋次郎が失踪した

朝から姿が見えないという 縁側の戸を開けても庭は静まり返っている

毎日顔を見て その身体に触れていたのに それが当たり前だと思っていたのに

いつも寝転んでいたイスをじっと見つめてしまう

朝から激しい雨 遊びに行くような天気ではない なぜ?

家族が落ち着きを失っていく 誰かの帰りが遅くたってこんなに心配するだろうか

みんなが代わる代わる庭のネコマンションを見に行き 落胆して帰ってくる

雨の降りしきる庭に向かって 私は声を出した 「もん? もん・・・もんじろう 紋次郎!」

耳をどんなに澄ましても雨の音しか聞えない

いつも 小さく にゃん と鳴いて走ってきたのに まるで雨に溶けてしまったよう 

家族は口々に 自分なりの解釈で失踪の理由を推測する

なんとか不安を払拭しようと必死になる

昼が過ぎ 夕方になっても雨はやまず 紋次郎は帰ってこない

夜中になって寒くなったら寝に来るよ だから心配するのはやめよう と私

その夜友人に会う約束があったので 弟に送られて出かけた


久しぶりに会ったのは 以前の職場で一緒だった仲間たち

それぞれが自分らしく輝いている素敵な女性たちである 

ビールがおいしい  いやワインのほうがおいしいと 

飲んで食べておしゃべりして 2時間の飲み放題はあっという間にラストオーダー

あまりにも楽しくて また会いたくて

来年の年間計画表を作ろうと私が言うと 「計画?似合わない」 確かに・・・

無計画 予測不可能 感性のままに生きてきたのを彼女たちは知っている

もう1杯だけつきあって と私の好きなバーにみんなを案内する

古くて薄暗くて広いバーは「港屋」 30年以上の歴史がある素敵なお店

飲み物を頼みその場で代金を払うという明朗会計システムも気に入っている

ついに本格的に 女の夜が始まった

手相から始まって それぞれの人生観 悩み 夢

気がつけば夜中の1時半・・・夜7時から集まっていたというのに

会話は途切れることなく 居心地よいのだった

こんなにも本音で話し合える女友達がいる心強さと幸せを誰に感謝しよう

強く美しい彼女たちは 私の誇りなのだ


そして家に帰ると真っ先に紋次郎のことが気になった

家についたのは2時 起きていた母に聞いても帰ってきていないという

私は真夜中の庭に向かって小さく呼びかけてみる 気配はない

2度3度と繰り返し あきらめて顔を洗う

紋次郎はもう帰ってこないのだろうか ケガしたのだろうか それともどこかの家に飼われたのだろうか

ずっといてくれると思っていたからエサだって4袋もある ああ・・・


最後の1回と縁側の戸をあけたその時 ほんの少しの間のあと

「にゃん」と小さい声がした

一目散にこちらに駆け寄ってくる白い物体 紋次郎だ!

イスに寝転んで私を見る いささかコーフンした面持ち 背中が雨に濡れている

「よく帰ってきたね ここが紋次郎の家だってわかったの?」

なでる私の手を目を細めなめてくれる 

嬉しくなった私は紋次郎を抱き上げ 母の寝室に連れて行った

母はとても驚いて雨に濡れた紋次郎を抱きしめると 

「どごさ行ってきたの?」

甘えるように身を預け ゴロゴロノドを鳴らす紋次郎

その時はっきりとわかった 紋次郎はもう乗田家の家族なのだ


縁側でエサと水をあげ 少し遊んでからヒザの上に乗せる

このまま一緒に眠れたら どんなに幸せだろう

よし少しずつ野望を果たしていこう 今夜は我慢してね紋次郎

だけど どうしても外に出すことがためらわれて

こっそり縁側の戸を開けたまま イスに紋次郎を乗せて電気を消した

明日までそこで寝ていてくれたらいい 

父に怒られるだろうけど仕方ない 


そして今朝

2階から降りた私に弟が開口一番「紋次郎帰ってきたぞ」

「んだね 今朝もいだ?」 「うん」

「どこさ行ってだんだべね」 「知らねーじゃ」

そう言いつつも嬉しそうな横顔 きっと朝イチで確認しに行ったのだろう

居間に父がいた「おはよう」と声をかけると

「おめ 猫ば 入れだべ」 「んだ 今朝いだ?」 「いだじゃ」

怒ってはいないようだ 

私が縁側の戸を開けようとすると

「まいね たった今までそこでなででらんだはんで あどいい」

私はくすりと笑った

父が何を紋次郎に話しかけていたのだろうと想像して



みんなが紋次郎を愛している