<人事担当者「6+5×3=33」と答える就活生続出で不安になる>
http://nico.ms/nw132755
ニコニコ動画見てたら画面上に気になる文章が。
クリックしてみれば、上記リンクへ繋がりました。
↓記事内容を読んでからの感想。↓
私たち(親)の教育の仕方が悪かったのでは?
いかに受験(の為の)勉強をしてきたかってことなのでは。
日本人が応用問題に対応できない原因もそこに。
ゆとり教育とは一体なんなのか。
…というわけで、辞書やら何やらで調べてみました。
【ゆとり教育】
ゆとり教育(ゆとりきょういく)とは、日本において、知識重視型の教育方針を詰め込み教育であるとして廃し、経験重視型の教育方針をもって、ゆとりある学校をめざした教育のことである。
≪ウィキペディア参照≫
ゆとり教育が失敗だとか言う人がいるのですが、あれは「ゆとり」の意味をはき違えた主導者側に責任があるのではないでしょうか?
私はそう考えます。
机上で無理やり押し付けるのではなく、自ら進んで学ぶ姿勢が見直されたのでは、と。
決して、落ちこぼれ救済制度ではありません。
何故、昨今の小中学校は教科で区切ろうとするのでしょうか?
例えば。
今の小学生は、「台形の面積は求められるけど、地図に載ってる公園の面積が判らない」ことが、現状です。
もちろん、問題を解いてしまえるお子様もいると思います。
けれど大多数は答えられないという結果が数字として極端に表れてしまっているのですよ、現に。
応用が出来ないのは、そのお子様の能力が低いと決めつけるのにはまだ早いのです。
ついでなので算数で喩え話を。
算数で引き算の授業を行っている時(例えば10-3=7の場合)。
教師の問いに答えを言わず、いきなり「僕(わたし)折紙もってるよー!」と大声で言った子どもがいたとします。
その子どもはお調子者でいつも授業中おしゃべりをしている問題児というオプション付きです。
貴方なら、なんと答えますか?
台詞は人それぞれだと思いますが。
おそらく大抵の場合、静かにするよう促すのではないでしょうか?
算数の授業中、いつもおしゃべりしていた子どもが「折紙」という言葉で、教師に反応したのです。
それを、
「話を聞かずにまたこの子は…」
と捉えるのか。
それとも、
「彼(彼女)は今、折紙に興味を持っている」
と捉えるのか。
折角なら折紙を使って実際に子どもを巻き込んで授業展開すればいいのではないでしょうか?
「あら、●●くん折紙あるの?見せて」とか
「何枚あるの?」とか
例えば折紙が10枚以上あれば、その折紙から10枚を拝借して3枚友だちにあげた時、残りが何枚になるのか。
折紙が10枚無いのなら、黒板に折紙を描けば良いのです。
「10-3=7」という問題を、
「●●くんが10枚、折紙を持っていました。△△ちゃんに3枚あげます。残りは何枚でしょう?」
と、問いかけを変えてみるのも良いでしょう。
あるいは、引き算の授業であって「10-3=7」の授業ではないのだから、「10-3=7」を教えなくたっていいのです。
その子どもが持っている折紙を周りに配りながら残りを数えてみることは出来ませんか?
こうすることによって初めて、机上の勉強が生活と結びついていくのです。
授業時間と休み時間を分けるから、おかしなことになるのだと思います。
詰まるところ、教える側の人間に応用力が無い事には、成立しない話ですけどね。
「遊びの中で学ぶ」とは、ただ遊ぶだけでなく教師がその幼児、児童の興味関心を見過ごさず、適切な援助と言葉を掛けられるかどうかにかかってくると。
科学遊びなんて判り易くて良い例だと思いますが、いかがでしょうか。
最近(自分も含め)の学力低下は本当に日本の危機だと思っております。
最初の話に戻しますが。
四則計算が出来ない云々は置いとくとしても。
新人はベテランと違うのは当たり前です。
でも、挨拶が出来ないだの云々陰口を叩く暇があるのなら、真摯に向き合ってもらえませんか。
散々偉そうなことを述べましたが、私もまだまだ未熟です。
ただ、「勉強が意味ない」「どうせ社会に出たら使わない」「やっても意味がない」と、思っている学生の皆さんには、どうか考え直して頂きたいのです。
勉強は、将来使うから行っているのではありません。
脳というものは、訓練(使用)をしなければ発達しません。
未就学児~義務教育間は、脳が目まぐるしく発達する時期なのです。
その時期に、このような知識を蓄えておくからこそ、人間は人間としての脳を維持できるのです。
そして、同じ教育者として臨むことは、
子どもたちの興味や関心に気付き、勉学に結び付けられるよう援助をしてほしいのです。
子どもたちや会社での新人は、経験を積んだ諸先輩方よりもスキルが遥かに劣ります。
大人は判らないことを言葉にすることが出来ますが、子どもはそうはいきません。
どうか、子どもたちの呟きに耳を傾け、聞き逃してしまわぬようお願いいたします。
興味とは何か。関心とは何か。
もう分かると思いますが、「教える」ということは、自分がそのことについて充分な知識を持っていないと出来ないという事です。
先生ってすごいですね?
そうなんです。本当の意味での「先生」ってすごいんですよ。
批判をするだけなら誰にでも出来ます。
問題は、それをどう対処していくか、ということでしょう。
他人事だと思っていませんか?
未来は私たち大人ではなく今の子どもたちにかかっています。
学力低下だのなんだの嘆いているだけでは、何も解決しないのです。
巷では、某国が侵略しているとか、ある地方の風評被害とか。
こんな時代だからこそ、「日本」としての「日本人」の在るべき姿を見直す良い機会ではないでしょうか。
ご精読、ありがとうございました。