自閉症ママのいろいろ◡̈♥︎ -2ページ目
施設に入っている息子と
この日は私の調子が悪く
行きの車ではズーン

施設近くのコンビニでMonster

気合い入りました

施設に着くと入り口に座って
待っていてくれた息子
待っていてくれた息子に一安心
久しぶりなので最初は口数が少なく、
ちょっと気まずい雰囲気
心が折れそうになりました
けど、時間が経つにつれて
多弁になっていく息子に
一安心しながら楽しい時間を過ごしました
一応遊ぶのに100均でゲットしたこれ
お魚だしいいかな〜って思ったんだけど、
1ページやったら飽きる
iPadやswitchでゲームをして
過ごしました

switchの課金をして欲しいみたいで、
「クレジットカードない?」
「任天堂カードない?」と
何度も確認されましたが、
「今日は課金できないよ
」と
その都度話すと納得してくれました
癇癪起こさなくてホッ
としました。
「ママ?運動会くるんでしょ?
授業参観もあるよ
」と
息子に言われたんですが…。
「ごめんね、運動会お休み取れなかったの。」
と話すと残念がってました。
「なんで?なんでお休み取れなかったの?」
と聞かれて施設のせいだよとは言えず。
「ごめんね。
ママも楽しみにしてたんだよ!」
と伝えました。
「授業参観はいつー?」と聞くと
「多分5月!」と。
「5月は行けないよー
」と話すと
またまた残念がる息子。
息子は私に会いたがってるんだ
ってことがわかったから嬉しくなりました
次の面会は8月の誕生月なので、
「お誕生日プレゼント何がいい?」
と確認すると
「switch2ー
」と笑顔で話す息子。
流石にswitch2は高すぎるので、
「中学生になったらね
」と話すと
「わかったー
」と納得してくれました。
いろいろ話をして、
まだ釣りにハマっているようなので、
誕生日プレゼント
は
釣具にすることにしました



お昼はお寿司
が食べたいようで
後は海釣りがしたいと


暑いので、じーじと相談するね!
と話して誕生日のスケジュールは
決めることができました

面会でゲームをしてたんですが、
やっぱり多動な場面が目立ちました。
10分ぐらいやると飽きてしまって
次のゲーム!それも飽きてまた次!
とコロコロ変わる

お家でゲームをしている時と
変わっていない息子に
可愛いな
って気持ち
お家で過ごしてたことを思い出しました。
月日は流れたけど、
変わらない息子にホッとしたのと、
変わらなくて大丈夫か?と思う気持ち。
でも自宅で過ごしていた時間を
思い出せたのは嬉しかったです
名前を漢字で書けるようになったと
前に話していたので書いてもらいました
難しい漢字なんですが、
スラーっと書く息子

最後がごちゃごちゃになってて
笑いました
「ねー!最後おかしいよ?
」と話すと
「これでも学校の先生花丸くれるもん
」
とドヤる息子

可愛いー



と親バカ炸裂
13時から17時半まで
一緒に過ごすことができました

「お泊まりとかできないのー?」
と話すと
「お泊まりしてる子いたけど今は居ない!」
と話してました。
「いつかさ地元帰ってお泊まりしたいね
」
と話すと
「地元帰りたいよー!!」
と息子は話してました。
やっぱり帰りたいんだなーって。
面会の次の日も学校がお休みだったので、
「明日はイカ🦑釣りに行くんだー!
めっちゃ楽しみ〜
」と
話してくれました

ゲームの使える時間が決まっているので、
ゲーム以外で時間を
つぶす努力をしてくれているのは
今の施設でよかったなーって思います
あ。でも面会調整や学校行事の参加をちゃんと連絡してくれないのは嫌ですけど。
もちろん信頼も失ってますけど。
今回の面会で謝罪があるかと思ったけど
謝罪してくれませんでした。
残念な所も沢山あります。
ママの息子で居てくれてありがとう

ママに会いたいって
思ってくれてありがとう

息子、会わない間に
またまた大きくなりました!
148㌢ですって
足のサイズも25㌢だそうで、
まだまだ伸びそうです
話は変わりますが、
職場で担当していた子から
母の日だからみきちゃんにあげる〜
と。
カーネーションくれました

辛い仕事だけど、
やっていてよかったなって思いました
ありがとう

小学校最後の行事なので、
3月から運動会を見に行きたい

と
希望してました

4月。5月の希望休をだすのに
確認したら「5月は運動会はない」
とのことで面会の日だけ希望休だしました。
今月、
児相との面談調整のため連絡しました。
6月の希望級を取るのに、
「運動会は6月でもないですか?」と
確認したところ、
「施設さんに確認してみます!」とのこと。
再度連絡があって
「すみません。
運動会は5/29にちだそうです。
今から調整きかないですよね?」とのこと。
「シフト確認してみますが、
おそらく無理です…。」
「施設さんから5月はないって言われてたので
確認せずにすみませんでした。」と。
ほら、5月じゃん。って。
小学校最後の運動会、
見に行きたかったな

最近、児相からも施設さんからも
謝られてばかり。
謝ればいいって思ってるのかなー。
施設さんは
面会させたくないと思っているので、
きっとわかってたけど、
隠してたんだろうなー。とか
怪しんじゃいます。
また施設さんに信用がなくなりました。
離れているけど、
ママとしてできることはしたいのに、
施設さんはそれを求めていない。
息子なのに我が子じゃないみたい。
私が求めてることって
そんなに大きなことなのかな。
ママだったら当たり前に思うことじゃ
ないのかな。
施設に入れる覚悟をしたのも私だし、
施設にいる以上、施設の意見が1番。
わかってるけど、私はママじゃないみたい。
もう息子との時間は
諦めるしかないのかな。
息子も施設の考えに染まって
ママに会うって言う気持ちもないのかな。
運動会楽しみにしていたので、
とても残念でした。
親に相談したら
「施設は親が来られると
めんどくさいんじゃない?
わからないとかないでしょ」って。
そりゃそうだよね。
予定なんてギリギリにでないのは
同業で働いてるからわかってる。
今もまだ面会してほしくないって
思ってるんだろうな。
会いたいのに、会えない。
もう何もかも諦めるしかないのかな。
でもとりあえず普通の面会は
今月行けるのでその日を楽しみに
過ごそうと思います。
昨日、仕事で
道の駅九十九里にいきましたー

私は今児童養護施設で
働いています。
異動前は福祉型障害児入居施設で
働いてました。
その前の異動の前は
指定障害者支援施設で働いてました。
10数年介護のお仕事をしていたので、
指定障害者支援施設での雇用だったのですが、
気づいたら…異動、異動で、
介護のお仕事から児童のお仕事へ。
児童の施設にも実は興味があって。
それは息子が施設に入ってしまったから、
同じように親元で暮らせない子たちの
お世話をしたいなって思っていたのです。
でも児童養護のお仕事は本当に大変で

現実をみて凹むことがしばしばです。
福祉型障害児入居施設で働いていた時は
仕事にやりがいがあって子供たちが可愛くて
仕事が楽しかったことを覚えています

そこにいた小学生学生のR君。
ADHDで自閉症が重めの子でした。
他児への暴力もありました。
でも虫が好きで、素直で
憎めない可愛い子でした

私が働いていた時に、
ママが強く自宅引き取りを希望していて
面会が始まった所でした。
初めの方の面会では
「ママ、パパ」って言う認識ができなくて、
面会後に「誰が来たの?」って聞いても
答えられませんでした。
回数を重ねるごとに認識ができて
「ママにあった。ママにもらった。」
とママと言い始めたことを
鮮明に覚えています。
R君は本当典型的な自閉ちゃんで、
こだわりも強いし、
気になると同じ話も何回もするし、
お手上げなことも多かったんですが、
素直で可愛い憎めない子でした

私の中では、仕事の疲れを
R君に癒してもらってました

ママは同じ市内に住んでいて、
お買い物で会うことがしばしばありました。
ママも多弁なので
つかまると30分ぐらい立ち話

でも会うたび声をかけてました。
私が児童養護施設に異動してから
R君は自宅引き取りになりました。
自宅引き取りになってから
ママ、パパ、R君で
お買い物をしているのを見て
「やっと一緒に暮らしてますー♡
けど、癇癪がひどくて大変なんです。
ほら、私もRもあざだらけ。」
とママが見せてくれました。
ママもアザがありましたが、
R君は全身にあざだらけ。
「自分でやっちゃうんですよー」と
ママは話していたけど、
施設に入所しているときは
あんなにアザができることがなかったので
違和感を感じました。
「便で遊んじゃうこともあって
全身便だらけで風呂が大変ー」
なんてママが言ってました。
確かに施設でも他の子の便で
遊んでしまうことはありました。
けど、遊ぶんじゃなくて、
「うんちー!って教えてー!」と
伝えると「〇〇うんちー!」って
教えてくれるようになりました。
そのR君がろう便してしまうなんて、
自傷行為してしまうなんて、
お家でのストレスが
大きいのかなって思いました。
その時はR君も私のことを
覚えていてくれたので
ご家族とお話ししてバイバイしました。
最近、数日前にまたママに会いました。
R君が一緒に居なかったので、
「R君元気ですか?」と声をかけると
「去年の夏に死にましたー!
病死ですー!なのに虐待疑われて
司法解剖までされて最悪でした!」
と、教えてくれました。
詳しくいろいろ話してくれたのですが、
びっくりしてしまって、
ショックが大きくて、うる覚えです。
虐待で施設に入ったR君。
もう大丈夫って判断して
自宅に返す判断をした児相。
本当にその判断は正しかったのか。
急に病死するほど悪化していたのに
周りは誰も気づかなかったのか。
R君は足がむくんでしまっていて、
「痛い、痛い、」って言っていたみたいです。
それでも病院には連れて行かなかったそうで。
確かに暴力などの
虐待ではなかったのかもしれないけど、
病院に早く連れて行ってあげてれば
助かったんじゃないかって思うんです。
けしてママが悪いとかそう言うことが
言いたいんじゃなくて、
死ぬほどの助けられない病になる前に
早期発見ができなかったのかなって。
支援学校にも通っていたそうなので、
親御さん以外にも
大人の目があったはずなのに。
R君は単語でしか会話ができなかったから、
気づいてあげられなかったのか?
痛いほど浮腫んでいるのに、
ずっと痛いの我慢していたと思うと
すごく辛くて。
家族は必ず一緒に住まないといけない
ってことはないと思うんです。
一緒に住みたくても住めない
家族もいる。
家族関係で拗れて
施設に入っている子がほとんどだから
そう簡単に自宅引き取りを
選ばないでほしいって思いました。
児童相談所、しっかりしてよって。
自宅引き取りにならずに
施設に居たらまだR君は
生きていたのかな。
まだ小学生なのに。
アザだらけのR君が心配で、
児相に自宅訪問も頼んだこともありました。
けど、
その時はもう手遅れだったかも知れません。
私に癒しをくれたR君。
辛かったね。ゆっくり休んでね。
助けてあげられなくてごめんね。
一緒に過ごした時間があるから
死を受け入れられなくて、
落ち込んでしまっている自分がいます。
自宅引き取り=家族の幸せ
ではないんだなって思った出来事でした。
R君、ありがとう。大好きだよ。

