ちょいと真面目な話をする。

「母性」という単語がある
あまり好きでは無い。
本来の意味で使われて、いるならばこれほど尊い言葉もないと、思うけれども現状のそれは正直気に食わない。

いい加減イイ歳コイてきまして、周りの女、大半といっていいくらい既婚。
話していると多くが口を揃えて「母性」を推し出す
この国に生まれて聞いた事ない人間なんかいないと思うわ
女の母性アピール

ひとつめの問題として
「誰かの為」この力の無益さ
私自身ひどく自分を嫌う一点でもある。
つまり、家族や友人が侮辱される→相手コロす。
簡単に言うと、誰かの為、に勝る正義も名分もないんだ
だから、際限なく怒る事ができる
私は男で、ケンカのしかた、その後の落とし所や場景みこして動ける。
けど、女、特に母親が「子の為」に動くと全ての理を除き、感情疾走。
※理が先走るのもどうかと思うけどね、イジメられて自殺した子の賠償金求めるとか悲しく浅ましく泣けてくるわ
大概の母が、普段敵わない相手につっかかる
学校に、企業に、社会に、あるいは家族や友人にも
「子の為」という言葉をまるで免罪符に。
具体的には書かんぜ、誰にも心当たりあろうよ。
ここで使われる母性ほど、何にも為らぬ、無為なものは無い。

で、ふたつめ
こっから本題だ

ガキに突飛な名前つけたり、手前の趣味全開な髪服諸々
まるでペット感覚だと少し前から騒がれて
これもどうなんだろ子供カワイソなあなんて思ってた、けど
最近はペットでいいんじゃん、そう思っている。

多くの母親が声高にウタう母性
「子供産んだら急に目覚めた」
「子供の為ならナンでも」
聞いた事ない奴いるかい?いねーべよ
この何ともウソ臭さ
こんなアピールされるくらいだらペット扱いのがまだマシだと。
モノ凄い勢いで敵作りそうだねまったく

私の話をする

母は、若くに父と結ばれた
確か二十歳頃結婚して二十二で俺生誕だったかな
で、二十九で後家った
親父が死んだのさ
まあ毎日泣き張らしてさ、まだガキだった妹は近所の婆ちゃんに預かってもらって
クソガキだった俺は毎日殴られた
母は、母である前に女で
父を誰より信頼し、好く女であったわけよ
そこに母性もクソもない、毎日絶望の中、俺をなじり、なぐった
父の特訓でハガネのボディ持ってた私に打撃は効かない
ホウキが折れ、バットが折れ、竹刀が折れて、木刀で殴られながら
クソガキながらに嬉しく思っていたのだよ
母がどんだけ父を好いていたのか
多少歪んじゃいるけどこれが愛の証なのだと
クソガキだけど、男だから、周り全員泣く中俺まで泣いてられないと
抑えていた感情、母が全力で表現してくれたお陰で、耐えられた。

十数年経ってから、あの頃やあなんて言ったら泣かれて謝られて、つぶさに説明して笑って済まして

俺にゃわからんけど
フツウの人から見たらひょっとしたらダメな母親に映るのかも知れない
誰より愛する人が、死んでもガキの為に人生捧げろと思うのかも知れない
思うのは勝手だ、けどもし口にしたら私はそいつを許さない
母を侮辱する奴はコロせ
俺の女泣かす奴いたらブチコロせ
父に言われているので死んでもらう


まとめ
人それぞれだと思うよ
けど、母性母性子供子供言う奴は、もう覚悟ができてるのかい?
何があっても人生全て子の為に生きようとでも思ってるのかい?
違うだろ
ガキが出来たら母になる
でも、母親としての経験も感情、その後何年何十年かけて、家族や周りの人らと共に育まれるもんなんじゃないの?
それを、まるでヒトリで開眼、悟りでも開いた仏僧の如く
アピールは違うんじゃない?
良い母だと、認められる、認めてくれるのは
学校でも企業でも社会でも友人でもなく
成長した我が子だけだと
思うのだけど如何かね。


アトガキ
良母賢母(誤字チガウよ)ブームというか母は強し独り歩きというか
多分世界中に同音の言葉がある
けど、意味は国によってまるで違うのだろうな
とりわけこの国では他人からのイメージ、あるいはステータスの色味が強く見えて
なんだかのう
ママドルだの母でも政治屋でも金(コレは微妙にチガウか)だの
母である事、母性をウリにしてほしくはないなあと
オンナ好きの私は願います。

女としての評価はできるけど、母としての評価は手前のガキに、ね。

アトガ2
ついでにどうでもいい話
田村亮子、あれ、今なんだったっけ・・・谷!
女性としても柔術家としても認める、世界中が認めている
けど、母親なって政治にまで足突っ込んで、それでも選手続けるてなどうなん?
少ない切符、谷より成績良かっても涙飲む子ら、いるじゃん、いたじゃん
一流選手であるからこそ
後輩に譲る、英断を。
母親も政治も柔道も全部やってエライネェ、なんて言われずとも、みな評価はしている。