物心ついた頃から

本を読む際、片手に辞書

見つけた単語を手当たり次第引きながら、読書

小難しい単語から

「海」とか「肉」とか「大きい」とか「淋しい」とか

何となく知っている単語、であっても辞書を引く

それが理解だ、と。

「辞書も無く読める本にロクな物語は無い」

とはその頃の座右の銘。


中学辺りからもう一段階深く

文章構成や表現法、言葉の回し方だとか物語の転がし方

全てを自身の脳内で再度組み立て、構築しながらの読書、鑑賞

読んだ本や観た映画の感想を、その本や映画より面白く仕立てる

それくらい出来なきゃダメだ!

とはその頃の座右の銘。



ちょっと、頭のイカれた少年ですねぇ

こういうな、読み方、見方、って全然面白く無いんだよな

涙を誘う展開で、涙を流せない

笑うべき場所で笑えない

「お、なるほどここであの伏線があの方向から伸びてここから展開して

 となるとじゃああの側からの、うんたらかんたら」


ほら、役者の人がさ

私生活ですげえ腹の底から笑った時

もしくは激昂した時や、屈辱にまみれて泣き濡れた時

先ず、鏡に走る。

今の自分の顔はどんな顔だ

身体を見る、どこが震える、どこに力が入る。

『演技』に活かす為、心から溢れる、滲み出る感情を自ら観察してしまう。

つまりこういう事だな

客観的に見てしまい、感情をそのまま愉しむ事ができない。

そう、俺の本の読み方も

そう、俺ってば当時中学とかな

うん、頭のイカれた少年だったて事ですね。


ロクに理解しているわけでも無く、理解しようと躍起になって

結局何が得られたかって話だ


と、気付いたのは高校出てしばらく経ってから

だからこれからはなるたけ心で読もうと、『理解』は感情の外に追いやってやろうと

何も考えず読むようにしようと。


今日、頭ぐわんぐわんして

頭使えんと仕事にもならんし何もできん

黙って本でも読んで過ごそうと思った、のですが

何も入って来ない

数頁、数行を目で追った後、その前頁前行に書いていた事、覚えていない

で、眠くなる。


これ、何も考えずに本を読む、て事はできないのかも知れない。


20数年前、狼少年を読んで以後それなりの量は読み続け

ここに来て今、気付いたよ

何も考えず脳味噌に沁み込ませようと思っていた文字群

何も考えずに読むと、まるで沁み込まないね。



あとがき


読む、事は出来なくても

書く、事は出来るもんだね

真剣に考えて文章練り込む事はできなくても

垂れ流す事は出来る

そう、小便でもするかの如く。


と、汚らしいオチを愉しむ。