以前どこかで書いた
「怒るなら自分の為に怒れ」
続き。
『怒りについて』とかだったかな
書いたような気もするし、多分書いてない気も
だから書く
上の語句検索かけて調べればわかる事だけど
僻地はそんな事しない
僻地が頼るは俺の記憶のみである。
いつだって傲慢全開です。
私本当に怒るのは人の為、と決め打ってる節があり
自分の為には怒らない
自分の家族友人恋人の為、だけに
烈火の如く、怒り狂う
泣かせた相手の心も肋骨も完全に叩き潰す。
の、ですが、これはあまり宜しい事では無い
と、確か説明も面倒で数行足して以前の文章を〆たハズ
覚えちゃいねーけど。
さて本題
駆け出しの頃
この単語使ってみたかった、駆け出し。
うん、今でもペーペーだけどさ、使ってみたかった
その頃もやっぱり色々なモノを書いていた。
当時はパソコンなんて大嫌い
大事な書類、なんかも全て手書き
手書きの方が温かいんだ、俺は俺の道を往くのだ!
偉そうに、いつもボールペンでざらざら殴り書き、提出。
あ、今はPC依存マンですがね。
ほぼ毎回プロデューサーの目に通り
その度に呼び出された
ダメ出し、というヤツ
手書き部分も勿論だけど、メインは表現法
機械じゃない、ヒトが書いているんだ、を全面的に押し出した
趣味全開作文
「これを読んで不愉快になるヒトがいるかも知れない
これを読んでどうこう思うヒトがいるかも知れない
ダメだとは思わないけど、何か思う人がいるかもしれないから、ダメ」
書き直し、というわけで無く、その場で破棄された、何度も。
別に、自分の作文に絶対の自信、なんて持っちゃねーし
あぁそうですかと受け入れるしか無い
が
その後
多くの人と知り合い、酒を飲み、話し
俺の作文は割かし好評であった事
Pは誰に対しても上述態度である事
つまり、つまりなんて深く考える事でもないけれど
『これを読んで不愉快になる人』なんて思考は
自身の中に不愉快の芽があるからこそ産まれるわけで
それなのに
『自分は心広いから平気だけどね、でも、シタッパ連中はしょうもない事で怒るから』
みたいな言い回し加えた上で一方的に破棄
怒る、時に他人の意思を引き合いに出す
これは恰好良い事じゃ、ねーよなぁ
素直に「俺はこれ好きくないっ!書き直せっ、捨てろっ、辞めちまえっ」
とか言われた方がずっと楽だぜ
と、いう個人的愚痴とともに
『怒るなら自分の為に怒れ』と私常々思っておるのです。
そんなわけで
ここでも、どこでも
ツマラン!くだんねえ!クソッタレ!やめちめえ!
言う時、当然俺自身が怒ります
我が侭で傲慢だけど何か!と付した上で俺が!怒る!
当然の事、なんだけどね
一応気をつけて生きてはいるよ、という事。
せめて自分の思考思想、感性感情くらい
自分自身で責任持ちたいね、そんなお話。