放浪理系女史・ミドリカワです。
本日3/12はドイツの物理学者・キルヒホフ先生の生誕日。写真の左端の人物です。
「キルヒホフの法則」というと電気回路における第一法則(流れ込む電流と流れ出す電流の和は0である=電流保存の法則)と第二法則(電気回路に任意の閉路をとり電圧の向きを一方向に取ったとき、閉路に沿った各素子の電圧 Vi の総和は 0 である=ループ法則)が有名ですが、他にも2種類あります。
・黒体放射から、「放射率と吸収率が等しい」という物体と光の相互作用に関する法則
・熱化学におけるもの。反応熱の温度係数が反応前後の熱容量の差に等しいという法則。
このお方はあらゆる分野に興味を示されていたようで、光学、音響学、弾性学も研究していたとか。
他にも元素の世界で、大きな功績をあげていらっしゃいます。
ブンゼンバーナーでおなじみのブンゼン先生(先ほどの写真の真ん中に写っています)とともに成された「分光器を用いたセシウムとルビジウムの発見」です。なんと二つのアルカリ金属を発見していたのです。
奇しくも昨日は東北の震災からちょうど8年。これらの元素も放射性元素の性質ゆえに物議・問題を巻き起こしました。ゆえに、セシウム・ルビジウムというと「恐ろしい」「危ない」というイメージを持たれる方も多いようです。
今回は特に、ニュースなどでも比較的名前を出されていたセシウムについてピックアップしましょう。
セシウムの融点は28.44℃なので、夏場の室内だと液体になってしまいます。常温(25℃)付近で液体であるという数少ない元素のひとつです。また、モース硬度は0.2とすべての元素の中で最も低い値を持つ、柔らかさNO.1の座も持っています。
同位体はいまのところ39種類。特に放射性同位体であるセシウム137はチェルノブイリ原発事故でも最大の線源となっているというデータもあり、健康被害もあれこれと論議されているようです。広島・長崎に原爆が落とされたあとの「黒い雨」にも含まれていたと推察されています。γ線源として強力ですし、中性子の捕獲もなかなかしてくれない=崩壊してくれないため、人工的な中性子捕獲による処理ができないために自然崩壊を待つしかないという厄介な性質も持っています。
実はさほど体内に効率よく蓄積される元素ではありませんが、体外に排出されるまではベータ線とガンマ線による被爆による危険性は指摘されているところです。
変わった例だと、ブラジルの廃病院から盗み出されたセシウム137の塊の発する光に神秘性を感じたとやらで周辺の住民たちがこぞって直接身体に塗るわ、カーニバルの衣装で光らせようと考えるわ、食卓に置くわで250人近くが集団で被爆。死者まで出てしまう惨事となってしまったゴイアニアの事故も挙げられます。
ちなみに、新スタートレックでもこのエピソードが引用されている場面があります。あのなかではダントツにデータ少佐が好きでした。
そんなこんなで、とかく怖がられたり悪者にされたりしてしまいがちなセシウムですが、人間生活でとても大事な役割を持っているのです。
普段の生活ではおいそれと触れるものではないですが、産業用のガンマ線源として重要な地位を占めています。また、イオン触媒効果の向上や石油の掘削にもセシウム化合物が用いられています。
が、最も大きな役割の一つは「指揮者」としての役割。高精度の原子時計に欠かせません。セシウムはこの原子時計のなかでも特に高精度であり、物理学の基本量の計測に一役も二役も買っているのです。
現在用いられている国際単位系(SI)では「セシウム133の原子の基底状態の2つの超微細準位の間の遷移に対応する放射の周期の9192631770倍に等しい時間」を1秒として定義している・・・ということは、時間を決めているのはセシウムということになります。
時間に誤差がなければ、レーザー波(光速一定)を用いた観測により、長さも正確に測ることができます。かつて用いられていたメートル原器も、これによって引退。
今年の5月にはついにキログラムも量子力学の概念で定義されることとなり、キログラム原器も姿を消すこととなります。基本単位で人工物を基準にすることがついになくなってしまうのです。
実物がないのに、実物を測る・・・というのも不思議な感覚ですが、見えないものでも綿密な定義がなされ、再現性が確かなものであれば十分科学の基準として使いうるということ。もはや難解と言われようが、学生時代に激しく頭の中身を抉るような理論に打ちひしがれようが、量子力学なくして今の情報社会も語れないと言いますし。
時間を決めるもとになっていながら、巷では怖がられてしまうセシウムではありますが、一番怖いのは人間の無知と無知のままで発展しないこと(解決までは簡単でないのも承知の上で)ではないかとも思うのです。よく分からない、適当なまま語れば、誤った情報として伝播しかねません。それでも案外、呑気に「そんなに難しくしなくても」「別に気にしないよ」となることもしばしば。
全ての情報に翻弄されては埋もれて・・・というのも残念。必要な情報については、感情的になりすぎずに冷静に見極めることをセシウムという元素は示しているのかもしれません。
あとは、発見者のキルヒホフ先生よろしく、好奇心と探求心を極める気概ぐらいは持っていたいものだな、と。