昨夜は刈谷のアンジュさんでの演奏でした。

どれも美味しいので、ついつい止まらなくなるのです。
近くに住んでいたら、間違いなく通うお店。
ママさんもスタッフの皆さんも温かくてサハサバしていて、動きも機敏。尊敬ものです。
演奏は……勿論がんばりましたよ!
今回はボーカリストお休みのため、歌も何曲か。予定していなかったものも急遽スマホで歌詞を出しながら、なんと、リクエストを受けて歌ったことのない曲まで無謀にもチャレンジ。
さらに、インストも多目で燃え尽きるレベルで。
いやはや、燃料補給しながら頑張って、お客様が喜んで下さるのを見るとまたお酒も食事も進みます(笑)。
ほんとに、ほんとにありがとうございます。
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帰りにはこのバンドについてどう進めていくかという真剣なお話もあり、わたくしも参加の仕方に関して考えをお伝えしました。
全体的に縮小するのは今のところ方針は変わらないのですが、本当に楽しめる形であればそれを抑えて何もかもやめようということも違うのかもしれません。お話するなかで思ったことです。
そこで出せる力を出しきりたい、という願望。
ここが本来の原点なのです。
どんな形であれ、必要とされたステージは自分だけのものではありません。独りよがりに音を無責任に出したり、自分の力でやってやっているという気持ちだったりでは、いずれ立ち位置を失うか崩れていくものです。
『心地好い』『楽しい』思いを享受しあおうにも、『五月蝿い』となったら台無しです。
イベントのときは、お子さんを見ると特に分かりやすいです。こちらが気持ちいいからとただドカドカと音を大きく出していると、直ぐに苦痛そうに耳を塞ぎます。
そうでなければ、愉しそうに踊ったりリズムを取ってくれます。同じような音量だとしても、響きかたで反応は全く違うものとなります。
実は、その辺りに頭を抱えることもよくありました。サウンドとして成り立つのか……実は、イベント中にお子さんが耳を塞いですぐにその場を離れようとすることは一度だけではありません。『接客の声がうるさくて聞こえない』というクレームも過去にあったようで、注意書きを出されている会場もあります。これは、心地好く響いていないということを示しています。
バンドとしてのサウンドが調和できているのかも疑問に感じたなかで、こちらのリーダーたちときちんとお話できたことも大きな収穫でした。認識は合いました。
自分は大丈夫なのかとか。悦に入って、周りが見えていないのは危険なことですし。
疑心暗鬼なまま進めたところで軋轢が増していたかもしれません。これで更にサウンドへの悪影響が出るとすれば、やり方も見直さなければなりません。
『目立つ快感』はある意味麻薬のようなものです。
ただ、ラリった自己主張は誰も観たくないのです。その落とし穴にはまったことにも気付かないことはますます危険です。
内に潜んでいた問題も時が来ると顕在化するものですね。
そこからまた、今の自分達の立ち位置や方針を見直しさせてもらえているのだなと実感した次第です。
良い方向で進めますように。