「日本はアジアに生きる国_最終回」
直後、
日本の親に電話し、留学プロジェクトは
頓挫したことを伝えた。
「これで肩の荷は下りた。遊びに行こう!」
(13歳の頭の切り替えは早いものです・笑)。
その後の滞在で、
二つの出来事が印象に残っている。
一つは、バスケットボールしている
現地中学生を見つけて、
飛び込みで仲間に入れてもらいプレーをしたこと。
その翌日、ジャッキーチェンの映画(広東語)
を一緒に観に行ったこと。
もう一つは、チャイナタウンで老婦人に
現地少年と思われて声をかけられたこと。
「この重い荷物を自分のマンションの
部屋まで運んでくれないか?」
と頼まれ、その北京語をぼくが聞き取る
ことができ、
「いいですよ!」と北京語で返答できて、
実際に運ぶ体験ができたこと。
その後、シンガポールへは、
旅行、立ち寄り、出張で20回は訪問した。
ぼくにとって、シンガポールは第二の祖国だ。
大学生になったときに、
ぼくの北京語の家庭教師だったラオさん
とシンガポールで再会した。
その際の二人の会話は、北京語ではなく、
英語半分、日本語半分となった。
興味深かった。
2007年、アジアの一人当たりGDP一位は、
日本からシンガポールへと移った。
2010年、アジアのGDP一位は、
日本から中国へと移った。
もう日本はアジアで別格ではない。
これからの10年間、日本自身がアジア化して
真の共存共栄を目指すかどうかが、
アジアが持続的発展ができるかどうかを
決めるだろう。