「スリランカ留学を想起する_PART20」
今号では、留学中の1年間で最もうれしかった
ことを想起してみる。
となり村に住む宝石商に請われて、日本語
会話の家庭教師をする機会に恵まれたこと
だった。
目的は、日本で宝石を販売すること。
ぼくは意気に感じてスタートした。
その内容は、成田空港に到着→同業者や
個人顧客を新規開拓→顧客訪問→販売実践
のプロセスに必要な実用日本語会話を教える
ことだった。
週2回の夜の特訓を続けた頃が懐かしい。
そして、最後の授業でそのオリジナル実用
日本語会話集を120分間、テープに録音して
プレゼントした。
録音作業に、実に2ヶ月かかった大仕事
だった。
ぼくの帰国後、勤勉な彼は、運転中に毎日
そのテープを繰り返し聞いていたそうだ。
そして、その成果を試す訪日が1985年
だった。
以降、~1995年の10年間で、日本における
宝石販売業は大成功を収めた。
1995年以降は、彼は「投資ビザ」で訪日
するようになった。
先日、「日本の永住権が取れた」との電話が
久しぶりにあった。
本当にうれしそうだった。
ぼく自身も、この上ない存在感、達成感を
感じさせてもらった。
また先日、日本のスリランカ大使と約束した
ので一緒に会いに行こうと誘ってくれた。
今後は、日本・スリランカの友好に日本で
一緒に尽力するフェーズに入りそうだ。
【続く】