スリランカ留学(高校1年時~1年間)を想起する_PART10
前々号で、1984年に内戦直後のスリランカに到着して、
唖然とする光景に出会ったところまで記した。
その後、コロンボにあるオリエンテーション合宿所に
直行した。
同じ高校生のオーストラリアとニュージーランドからの留学生
と一緒に現地化プログラムなどを経験した(確か約16名)。
オーストラリアでは、すでに親日的教育がなされていて
(輸出入とも最大の相手国は日本だった)、
終始日本人に対して好意的で、幸せな気分になった。
合宿終了後、各々のホストファミリーが迎えに来た。
これから1年間ファミリーとして暮らすメンバーと初対面する瞬間だ。
ホストファミリーと留学生が出会い、抱擁し、頬にキスをした。
その後、迎えの車に各々が乗り込み始めた。
迎えの車には、高級車のベンツがあったり、専属ドライバーが
運転する車もあった。
「裕福なファミリーに受け入れられるんだな」と、正直ホッとした。
最後にぼくとホストファーザーの2人が残った。
「うちの車はどこ?」とホストファーザーに聞いたら、「こっちだ」と
言って、歩き出した。
到着したのはバス停だった。
人が鈴なりに乗っているバスは何度も通過した。
30分ほど待っただろうか、ようやく、「すき間があるバス」
が止まってくれて、サムソナイトのスーツケースを抱きかかえ、
必死で乗り込んだ。
【続く】