自分のことを自分で決めること
1984年、高校1年生のときに海外留学した。
そのとき、最もショッキングなことの一つだったことは
「世界中の高校留学生の中で日本人が
最も幼稚だった」ことだった。
「あなたは将来どういう職業に就きたいか、どういう人物になりたいか
について話してください」、
「あなたの家族、学校、国家の誇れる点について話してください」
などの質問をされると、まず他の日本人の顔を見て、にやにやと笑う。
その後、「分からない」、「考えたことがない」
などと、あいまいに済ませたのは日本人だけだった。
日本人以外のすべての留学生は、
荒削りながらも、自分の考え真摯に述べた。
この敗北に近い経験が今でも残っている。
1987年に大学に入学した。なぜ日本人だけまともに
答えることができなかったのかが、常に気がかりだった。
他国と比較して、少なくとも日本の教育(環境)に
その主因があることだけは分かっていた。
その後、20年が経った。
最近、大学生の高校留学経験者に出会った。
「最近の日本人留学生はどうか」と聞いてみた。
大同小異らしい。
「将来なりたい職業はとくにない」と答えた
「大学生」の留学生もいたらしい。
また最近、戦前の旧制高校に通っていた
人物にも面会した。
戦前の17歳はどのようでしたかと質問した。
旧制高校では、
「自分の人生において何をなすか。
そのために、何を得意分野として将来の職業とするか」
を全生徒が真剣に思索し、一定の結論を出した、
とおっしゃる。また、旧制高校で志した職業に
実際に就いた同級生が多かったという。
また、彼は付け加えた。
「当時と戦後との違いは、自国の外交、防衛、金融などの
重要事項を、戦前は自国主導で決めたが、戦後は
他国主導で決まることにある。
この依存状態が続く限り、自国の学生は
戦前のような自立心は持てないかもしれない」
説得力があった。
しかし、もしそうであっても、次世代を担う子どもたちへの教育は
自国主導でしっかりと立て直すことが、
今の大人の責務だと強く思った。