天才女流作家・樋口一葉に想う
今日、このオフィスの近くを歩いていたら、樋口一葉の記念碑を見つけた。
彼女はこの文京区本郷に居を構えていたことがあるらしい。
そこで、今日は五千円札の肖像画で有名な樋口一葉に
ついて記してみたい。
「絶大な才能に恵まれながら、24歳で夭折した天才小説家」
という人物像が一般的だ。ぼくが、このような人物像より、彼女に感動するのは、
彼女が「明治という極めて強固な男社会のなかで、女性の社会進出の先陣を切るのだ」
という明確な意志を持って、人生を全うした女性だったことにだ。
彼女は小説家になることを志した時に、
「私は、この世の中の女性達の病苦と失望とを慰めるために生まれてきた『詩(小説)の神の子』である…」
と自分に向けて書いたらしい。まさに、天才である!
もう一つ。ぼくが彼女に最も感動するのは、彼女がまだ無名だった
21歳(112年前の1893年)のときに書いた日記の内容である。
「英国の植民地になっていたインドやエジプトのことを思うと、体は震え、心がわななくようだ。物好きな女とうわさされ、後の世の人からあざけりを受けても、このような時代に生まれ合わせた者として、国のため、何もしないで終わっていいのだろうか」。(時代背景として、日本が英国に不等な治外法権を行使されていた状況があった。以上、現代文にして表記した。)
以前DIARYで記したが、ぼくは1984-85の1年間英国の旧植民地の
スリランカ(旧セイロン)に留学していた
。内戦中で毎日が
現在のイラクのような状況だった。その内戦の原因の
ひとつは一葉が日記を書いた当時、英国が紅茶プランテーションの
労働者として多数の労働者をインドから奴隷として連れてきたことにある。
にもかかわらず、1984年ごろは貧しい人の家々には、現在の英国の
エリザベス女王の写真が飾ってあったものだ。その飾ってあった
写真をぼくは目にして、「本当に体は震え、心がわななくようだった」ことを思い出す。
さて、彼女の日記の後半の部分、
「.........このような時代に生まれ合わせた者として、
国のため、何もしないで終わっていいのだろうか」。
外国による理不尽な拉致被害者の問題や領海、領空侵犯の
問題に対して、国政担当者が本気で立ち向かわずに済ましている世界の希少国家、日本国。
今この国の五千円札に自分の肖像画が勝手に印刷されていることを
樋口一葉はどんな心持ちで見つめているのだろうか。
以上