これまでのユース組データは06年以降しか調べてなかった。
改めて93年から調べてみよう。
ユース組対象者は読売日本ユース、ヴェルディ川崎ユース、東京ヴェルディユース出身とし、スクール、ジュニアやジュニアユース、またその他ヴェルディ関連の支部は含まない。
また原則としてユースを卒業した選手とするが2種登録でデビューした選手や移籍した選手(玉乃など)も、一度でもユースに在籍経験があれば含む。ユースを経由せずにプロ入りした選手、他ユースや他校出身者は含まない。
93年
ユース組リスト:7名(スタメン出場選手数)
※出場してない若手も多く有力選手以外は割愛してます。()内はスタメン出場なし
GK藤川孝幸
DF中村忠 冨樫剛一 河本充弘 都並敏史(村田達哉 西澤淳二)
MF戸塚哲也 菊原志郎 (山口貴之)
FW(藤吉信次 阿部良則)
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
1,2,2,2,2,3,3,4,3,3
2,2,1,1,1,1,1,1
1,3,0,3,0,1,1,2,3,1
1,1,2,1,1,1,3,2
平均起用人数: 1.722名(通算62名÷36試合)
起用状況:当時のメンバーリスト見てユース組誰だっけ?と。菊池兄弟は違うし北澤(元は読売っ子だが修徳高)、武田、柱谷…カズ。みんなバラバラ。リストアップしたがまともに活躍したのはミニラくらい。なお冨樫は2試合出場だが、このニコス第8節vs清水、第9節vs浦和にスタメン出場したのがヴェルディでのJリーグ戦出場全記録。浦和戦には同期の中村、河本らと4バックを組んで6-0圧勝。今でこそ二十歳そこらのユース組が出てるのは当たり前だがこのシーズンで彼らがスタメン飾るのは異色だった。まっこの1試合しかこの同期揃い踏みを果たせなかったのもこのシーズン故だ。
ちなみに最多4名はサントリー第8節vs名古屋で藤川、中村、都並、河本がスタメン、試合は1-3。
94年
ユース組リスト:8名(スタメン出場選手数)
GK藤川孝幸
DF中村忠 河本充弘 都並敏史 西澤淳二 (冨樫剛一 村田達哉)
MF戸塚哲也 (山口貴之)
FW藤吉信次 阿部良則
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
1,0,1,1,1,1,1,1,1,1
2,2,2,2,1,1,1,1,1,1
1,1
0,0,2,2,1,1,1,1,1,1
3,1,1,2,2,2,2,2,1,1
2,2
平均起用人数: 1.273名(通算56名÷44試合)
起用状況:序盤の『1』は河本、中盤に入り西澤や阿部、ケガから復帰した中村らが台頭したが前年よりあからさまに、ユース組不遇のシーズンに。最多3名はニコス第11節vs浦和。西澤、都並、中村がスタメンで3-1。
95年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
GK藤川孝幸
DF中村忠 西澤淳二 菅原智
MF(戸塚哲也 山口貴之)
FW藤吉信次 阿部良則
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
2,2,2,3,3,3,3,2,2,2
3,1,1,1,0,2,1,1,3,1
1,1,1,2,1,1
2,2,2,2,1,2,2,2,2,1
0,1,0,0,0,1,1,2,1,1
1,1,2,2,1,1
平均起用人数: 1.500名(通算78名÷52試合)
起用状況:序盤は藤川、中村が主力も藤川失脚でミニラ頼りに。ミニラを欠く中盤以降はゼロ行進でやはりユース組には不遇が続いた。黄金時代はやはりと言うか、必然的に外様頼りの強化が実を結んだのも確かだ。
96年
ユース組リスト:4名(スタメン出場選手数)
GK(小針清允)
DF中村忠 西澤淳二 菅原智
FW藤吉信次
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,0,0,1,1,2,1,1,1,4
3,2,1,1,2,2,3,2,2,2
1,2,2,2,3,2,2,2,1,1
平均起用人数: 1.633名(通算49名÷30試合)
起用状況:一気にユース組リストは減る。在籍はしてるがいかんせん出場歴がないのだ。中盤に入り藤吉が台頭。第10節vs鹿島1-2、西澤、中村、菅原、藤吉。
97年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
GK小針清允
DF中村忠 菅原智 重田征紀
FW阿部良則 長田道泰
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,2,2,2,2,0,1,2,1,1
1,3,2,2,2,-,2
-,2,2,2,0,0,0,0,1,1
2,2,1,0,1,0,1
平均起用人数: 1.250名(通算40名÷32試合)
起用状況:第11節vs横浜F(0-4)で小針、中村、阿部。あとは中村、菅原が主力になったが。重田も終盤活躍。
98年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
GK(小針清允)
DF中村忠 菅原智 重田征紀 (平本一樹)
MF山口貴之 瀬沼正和
FW長田道泰 (飯尾一慶)
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,1,1,1,1,1,1,1,1,1
1,1,1,1,0,1,1
2,0,2,3,3,4,4,3,3,2
3,3,3,3,3,2,2
平均起用人数: 1.765名(通算60名÷34試合)
起用状況:1stは中村だけ。最多4名は長田、中村、菅原、山口。リストに入れたが一樹やチビのデビューは99年。
99年
ユース組リスト:7名(スタメン出場選手数)
GK小針清允
DF中村忠 飯尾和也 (富澤清太郎)
MF山口貴之 瀬沼正和
FW飯尾一慶 平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
2,0,0,0,0,0,0,0,0,0
0,2,0,0,3
0,1,0,1,1,0,0,0,0,0
0,0,0,0,0
平均起用人数: 0.333名(通算10名÷30試合)
起用状況:1st第15節vs横浜FM(1-0)は中村、瀬沼、チビ。言うまでもなくかなり冷遇されたユース組。
00年
ユース組リスト:3名(スタメン出場選手数)
GK小針清允
DF(富澤清太郎)
FW飯尾一慶 平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,0,0,0,1,1,1,1,0,0
0,1,1,0,1
0,0,0,1,1,1,1,2,0,1
1,0,0,0,0
平均起用人数: 0.500名(通算15名÷30試合)
起用状況:チビが主力に。一樹もチャンスは得たがご覧の0行進。
01年
ユース組リスト:5名(スタメン出場選手数)
DF富澤清太郎 羽山拓巳
MF瀬沼正和
FW飯尾一慶 平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,1,0,1,1,1,1,1,1,1
0,0,0,0,1
0,0,0,1,0,0,0,1,1,0
0,0,0,0,0
平均起用人数: 0.400名(通算12名÷30試合)
起用状況:序盤はチビ、瀬沼、一樹、羽山と起用されたが残留争いの渦中にあり終盤はすっかり助っ人頼みに。
02年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
DF富澤清太郎 羽山拓巳
MF長田道泰 根占真伍 玉乃淳
FW平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
1,1,0,0,0,2,2,2,2,2
1,1,2,1,1
1,1,1,1,2,2,1,1,1,1
2,1,1,1,1
平均起用人数: 1.200名(通算36名÷30試合)
起用状況:カンペイ、一樹がスタメンに定着。玉乃も出場機会を得た。2ndは全試合誰かしらユース組スタメンも最少人数では…。
03年
ユース組リスト:8名(スタメン出場選手数)
DF富澤清太郎 相馬崇人 羽山拓巳 一柳夢吾
MF根占真伍 玉乃淳
FW飯尾一慶 平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
3,3,1,1,0,2,2,2,2,2
1,1,0,0,0
0,0,1,2,1,1,2,1,1,1
2,1,2,2,2
平均起用人数: 1.300名(通算39名÷30試合)
起用状況:根占の台頭、カンペイ、一樹、一柳らが起用された。とはいえユース組冷遇に変わりなし。
04年
ユース組リスト:9名(スタメン出場選手数)
DF富澤清太郎 相馬崇人 一柳夢吾 戸川健太
MF根占真伍 玉乃淳 小野雄平
FW飯尾一慶 平本一樹 森本貴幸
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
1,2,2,1,1,1,2,3,3,1
2,2,3,3,3
2,2,2,2,2,2,2,2,2,2
2,1,2,2,4
平均起用人数: 2.033名(通算61名÷30試合)
起用状況:2nd第15節vs横浜FM(0-0)は富澤、相馬、玉乃、チビ。98年以来7年ぶりの4名を達成。森本や相馬、戸川らの台頭もありヴェルディとしてはJリーグ開幕後初のシーズン全試合ユース組スタメン(1名以上)を達成。年明けには天皇杯を制覇し正にこれからという時に…。
05年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
DF戸川健太 相馬崇人
MF根占真伍 玉乃淳 小野雄平 塗師亮 弦巻健人
FW平本一樹 森本貴幸
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
2,2,2,2,2,2,3,2,2,2
1,2,3,2,3,2,2,3,3,2
2,3,3,3,2,1,2,2,2,2
3,2,3,0
平均起用人数: 2.176名(通算74名÷34試合)
起用状況:一樹を筆頭に相馬、戸川、森本らが主力に。悲しいかな降格決まり最終節は0。J2に降格もこの仲間でまた這い上がろう。そんな期待は見事に打ち砕かれ…(泣)
一先ずまとめてみる。
スタメン人数
1993年:7名
1994年:8名
1995年:6名
1996年:4名
1997年:6名
1998年:6名
1999年:7名
2000年:3名
2001年:5名
2002年:6名
2003年:8名
2004年:9名
2005年:6名
いわゆる黄金時代にさえ6名以上はスタメン経験がある。ただ主に中村忠くらいで他に台頭する選手がいれば、少なくとも…。たらればは虚しい。そのミニラも99年まで。その翌年がいかに悲惨か。そこからはチビ、一樹、モリらが台頭するわけだが。
シーズン起用人数
1993年:62名
1994年:56名
1995年:78名
1996年:49名
1997年:40名
1998年:60名
1999年:10名
2000年:15名
2001年:12名
2002年:36名
2003年:39名
2004年:61名
2005年:74名
分かりやすいのはクラブがガタつくシーズンはユース組が使われない。成績的にガタつく96年、さらにガタつく97年、読売撤退後の99年~東京移転元年の01年。
クラブの悪癖つうかナベツネ(読売)の方針つうか「強くなきゃならない」つう概念がやはり補強を優先させたのも一理あるでしょう。長年培ってきた人材、アカデミー出身者を放出してきたツケが大きい。05年までにV字回復したけど降格に伴うツケはあまりにも大きくなったわけで。それはこの先10年経っても変わらなかった。
1試合平均起用人数
1993年:1.722名
1994年:1.273名
1995年:1.500名
1996年:1.633名
1997年:1.250名
1998年:1.765名
1999年:0.333名
2000年:0.500名
2001年:0.400名
2002年:1.200名
2003年:1.300名
2004年:2.033名
2005年:2.176名
クラブ創立からアカデミーも備え都並や戸塚、菊原など逸材を世に輩出してきた読売クラブの末路は実に数値になってない。そりゃ勝てばいい。しかし96年以降は勝てなかった。
もし97年からアカデミー出身者をメインに育成型クラブを標榜していたら。歴史は大きく違ったろうなと。
あ
誰か先見の明で10年先、20年先を見据えたクラブ強化をしてくれてたら。降格はしてたろうけどJ創設24年でヴェルディが10年もJ2に長居しない基礎作りを読売スポンサー時代からしていたら。
まっ97年にアカデミーメンバー中心のチーム編制したとて人気も成績も上向きはしなかったろうけど。節目節目で大離散繰り返してばかりでは成長しない。
読売クラブ創設者の正力松太郎氏は創設50年後(47年目だけど)の今を嘆いていらっしゃるのかな?
改めて93年から調べてみよう。
ユース組対象者は読売日本ユース、ヴェルディ川崎ユース、東京ヴェルディユース出身とし、スクール、ジュニアやジュニアユース、またその他ヴェルディ関連の支部は含まない。
また原則としてユースを卒業した選手とするが2種登録でデビューした選手や移籍した選手(玉乃など)も、一度でもユースに在籍経験があれば含む。ユースを経由せずにプロ入りした選手、他ユースや他校出身者は含まない。
93年
ユース組リスト:7名(スタメン出場選手数)
※出場してない若手も多く有力選手以外は割愛してます。()内はスタメン出場なし
GK藤川孝幸
DF中村忠 冨樫剛一 河本充弘 都並敏史(村田達哉 西澤淳二)
MF戸塚哲也 菊原志郎 (山口貴之)
FW(藤吉信次 阿部良則)
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
1,2,2,2,2,3,3,4,3,3
2,2,1,1,1,1,1,1
1,3,0,3,0,1,1,2,3,1
1,1,2,1,1,1,3,2
平均起用人数: 1.722名(通算62名÷36試合)
起用状況:当時のメンバーリスト見てユース組誰だっけ?と。菊池兄弟は違うし北澤(元は読売っ子だが修徳高)、武田、柱谷…カズ。みんなバラバラ。リストアップしたがまともに活躍したのはミニラくらい。なお冨樫は2試合出場だが、このニコス第8節vs清水、第9節vs浦和にスタメン出場したのがヴェルディでのJリーグ戦出場全記録。浦和戦には同期の中村、河本らと4バックを組んで6-0圧勝。今でこそ二十歳そこらのユース組が出てるのは当たり前だがこのシーズンで彼らがスタメン飾るのは異色だった。まっこの1試合しかこの同期揃い踏みを果たせなかったのもこのシーズン故だ。
ちなみに最多4名はサントリー第8節vs名古屋で藤川、中村、都並、河本がスタメン、試合は1-3。
94年
ユース組リスト:8名(スタメン出場選手数)
GK藤川孝幸
DF中村忠 河本充弘 都並敏史 西澤淳二 (冨樫剛一 村田達哉)
MF戸塚哲也 (山口貴之)
FW藤吉信次 阿部良則
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
1,0,1,1,1,1,1,1,1,1
2,2,2,2,1,1,1,1,1,1
1,1
0,0,2,2,1,1,1,1,1,1
3,1,1,2,2,2,2,2,1,1
2,2
平均起用人数: 1.273名(通算56名÷44試合)
起用状況:序盤の『1』は河本、中盤に入り西澤や阿部、ケガから復帰した中村らが台頭したが前年よりあからさまに、ユース組不遇のシーズンに。最多3名はニコス第11節vs浦和。西澤、都並、中村がスタメンで3-1。
95年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
GK藤川孝幸
DF中村忠 西澤淳二 菅原智
MF(戸塚哲也 山口貴之)
FW藤吉信次 阿部良則
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
2,2,2,3,3,3,3,2,2,2
3,1,1,1,0,2,1,1,3,1
1,1,1,2,1,1
2,2,2,2,1,2,2,2,2,1
0,1,0,0,0,1,1,2,1,1
1,1,2,2,1,1
平均起用人数: 1.500名(通算78名÷52試合)
起用状況:序盤は藤川、中村が主力も藤川失脚でミニラ頼りに。ミニラを欠く中盤以降はゼロ行進でやはりユース組には不遇が続いた。黄金時代はやはりと言うか、必然的に外様頼りの強化が実を結んだのも確かだ。
96年
ユース組リスト:4名(スタメン出場選手数)
GK(小針清允)
DF中村忠 西澤淳二 菅原智
FW藤吉信次
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,0,0,1,1,2,1,1,1,4
3,2,1,1,2,2,3,2,2,2
1,2,2,2,3,2,2,2,1,1
平均起用人数: 1.633名(通算49名÷30試合)
起用状況:一気にユース組リストは減る。在籍はしてるがいかんせん出場歴がないのだ。中盤に入り藤吉が台頭。第10節vs鹿島1-2、西澤、中村、菅原、藤吉。
97年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
GK小針清允
DF中村忠 菅原智 重田征紀
FW阿部良則 長田道泰
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,2,2,2,2,0,1,2,1,1
1,3,2,2,2,-,2
-,2,2,2,0,0,0,0,1,1
2,2,1,0,1,0,1
平均起用人数: 1.250名(通算40名÷32試合)
起用状況:第11節vs横浜F(0-4)で小針、中村、阿部。あとは中村、菅原が主力になったが。重田も終盤活躍。
98年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
GK(小針清允)
DF中村忠 菅原智 重田征紀 (平本一樹)
MF山口貴之 瀬沼正和
FW長田道泰 (飯尾一慶)
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,1,1,1,1,1,1,1,1,1
1,1,1,1,0,1,1
2,0,2,3,3,4,4,3,3,2
3,3,3,3,3,2,2
平均起用人数: 1.765名(通算60名÷34試合)
起用状況:1stは中村だけ。最多4名は長田、中村、菅原、山口。リストに入れたが一樹やチビのデビューは99年。
99年
ユース組リスト:7名(スタメン出場選手数)
GK小針清允
DF中村忠 飯尾和也 (富澤清太郎)
MF山口貴之 瀬沼正和
FW飯尾一慶 平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
2,0,0,0,0,0,0,0,0,0
0,2,0,0,3
0,1,0,1,1,0,0,0,0,0
0,0,0,0,0
平均起用人数: 0.333名(通算10名÷30試合)
起用状況:1st第15節vs横浜FM(1-0)は中村、瀬沼、チビ。言うまでもなくかなり冷遇されたユース組。
00年
ユース組リスト:3名(スタメン出場選手数)
GK小針清允
DF(富澤清太郎)
FW飯尾一慶 平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,0,0,0,1,1,1,1,0,0
0,1,1,0,1
0,0,0,1,1,1,1,2,0,1
1,0,0,0,0
平均起用人数: 0.500名(通算15名÷30試合)
起用状況:チビが主力に。一樹もチャンスは得たがご覧の0行進。
01年
ユース組リスト:5名(スタメン出場選手数)
DF富澤清太郎 羽山拓巳
MF瀬沼正和
FW飯尾一慶 平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
0,1,0,1,1,1,1,1,1,1
0,0,0,0,1
0,0,0,1,0,0,0,1,1,0
0,0,0,0,0
平均起用人数: 0.400名(通算12名÷30試合)
起用状況:序盤はチビ、瀬沼、一樹、羽山と起用されたが残留争いの渦中にあり終盤はすっかり助っ人頼みに。
02年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
DF富澤清太郎 羽山拓巳
MF長田道泰 根占真伍 玉乃淳
FW平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
1,1,0,0,0,2,2,2,2,2
1,1,2,1,1
1,1,1,1,2,2,1,1,1,1
2,1,1,1,1
平均起用人数: 1.200名(通算36名÷30試合)
起用状況:カンペイ、一樹がスタメンに定着。玉乃も出場機会を得た。2ndは全試合誰かしらユース組スタメンも最少人数では…。
03年
ユース組リスト:8名(スタメン出場選手数)
DF富澤清太郎 相馬崇人 羽山拓巳 一柳夢吾
MF根占真伍 玉乃淳
FW飯尾一慶 平本一樹
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
3,3,1,1,0,2,2,2,2,2
1,1,0,0,0
0,0,1,2,1,1,2,1,1,1
2,1,2,2,2
平均起用人数: 1.300名(通算39名÷30試合)
起用状況:根占の台頭、カンペイ、一樹、一柳らが起用された。とはいえユース組冷遇に変わりなし。
04年
ユース組リスト:9名(スタメン出場選手数)
DF富澤清太郎 相馬崇人 一柳夢吾 戸川健太
MF根占真伍 玉乃淳 小野雄平
FW飯尾一慶 平本一樹 森本貴幸
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
1,2,2,1,1,1,2,3,3,1
2,2,3,3,3
2,2,2,2,2,2,2,2,2,2
2,1,2,2,4
平均起用人数: 2.033名(通算61名÷30試合)
起用状況:2nd第15節vs横浜FM(0-0)は富澤、相馬、玉乃、チビ。98年以来7年ぶりの4名を達成。森本や相馬、戸川らの台頭もありヴェルディとしてはJリーグ開幕後初のシーズン全試合ユース組スタメン(1名以上)を達成。年明けには天皇杯を制覇し正にこれからという時に…。
05年
ユース組リスト:6名(スタメン出場選手数)
DF戸川健太 相馬崇人
MF根占真伍 玉乃淳 小野雄平 塗師亮 弦巻健人
FW平本一樹 森本貴幸
第1節以降のユース組スタメン人数列挙
2,2,2,2,2,2,3,2,2,2
1,2,3,2,3,2,2,3,3,2
2,3,3,3,2,1,2,2,2,2
3,2,3,0
平均起用人数: 2.176名(通算74名÷34試合)
起用状況:一樹を筆頭に相馬、戸川、森本らが主力に。悲しいかな降格決まり最終節は0。J2に降格もこの仲間でまた這い上がろう。そんな期待は見事に打ち砕かれ…(泣)
一先ずまとめてみる。
スタメン人数
1993年:7名
1994年:8名
1995年:6名
1996年:4名
1997年:6名
1998年:6名
1999年:7名
2000年:3名
2001年:5名
2002年:6名
2003年:8名
2004年:9名
2005年:6名
いわゆる黄金時代にさえ6名以上はスタメン経験がある。ただ主に中村忠くらいで他に台頭する選手がいれば、少なくとも…。たらればは虚しい。そのミニラも99年まで。その翌年がいかに悲惨か。そこからはチビ、一樹、モリらが台頭するわけだが。
シーズン起用人数
1993年:62名
1994年:56名
1995年:78名
1996年:49名
1997年:40名
1998年:60名
1999年:10名
2000年:15名
2001年:12名
2002年:36名
2003年:39名
2004年:61名
2005年:74名
分かりやすいのはクラブがガタつくシーズンはユース組が使われない。成績的にガタつく96年、さらにガタつく97年、読売撤退後の99年~東京移転元年の01年。
クラブの悪癖つうかナベツネ(読売)の方針つうか「強くなきゃならない」つう概念がやはり補強を優先させたのも一理あるでしょう。長年培ってきた人材、アカデミー出身者を放出してきたツケが大きい。05年までにV字回復したけど降格に伴うツケはあまりにも大きくなったわけで。それはこの先10年経っても変わらなかった。
1試合平均起用人数
1993年:1.722名
1994年:1.273名
1995年:1.500名
1996年:1.633名
1997年:1.250名
1998年:1.765名
1999年:0.333名
2000年:0.500名
2001年:0.400名
2002年:1.200名
2003年:1.300名
2004年:2.033名
2005年:2.176名
クラブ創立からアカデミーも備え都並や戸塚、菊原など逸材を世に輩出してきた読売クラブの末路は実に数値になってない。そりゃ勝てばいい。しかし96年以降は勝てなかった。
もし97年からアカデミー出身者をメインに育成型クラブを標榜していたら。歴史は大きく違ったろうなと。
あ
誰か先見の明で10年先、20年先を見据えたクラブ強化をしてくれてたら。降格はしてたろうけどJ創設24年でヴェルディが10年もJ2に長居しない基礎作りを読売スポンサー時代からしていたら。
まっ97年にアカデミーメンバー中心のチーム編制したとて人気も成績も上向きはしなかったろうけど。節目節目で大離散繰り返してばかりでは成長しない。
読売クラブ創設者の正力松太郎氏は創設50年後(47年目だけど)の今を嘆いていらっしゃるのかな?