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非正規社員(個人事業主)の日々

IT系の業界の端っこで生きています。関係あることないこと適当に書いていきます…。

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こちらのブログ記事への私のコメントをAIにアレンジさせました。

Copilotはこういう話題は苦手なようです。


以下のように、少しユーモアを加えた文章にしてみました。


こんにちは。

今年もお世話になりました。
コメントが少なめで、まるで「沈黙のプロフェッショナル」状態でごめんなさい。

それにしても、1990年代の東京では「教師の暴力はダメでしょ」という空気が広がり始めていましたが、地方都市ではまだ「先生は神様」みたいな古い慣習が残っていましたよね。
注意されたら「おまえが悪い!」という、今なら炎上必至の価値観が堂々と語られていた時代です。

そういえば、相撲部屋での「かわいがり」が原因で弟子が亡くなる事件も、ざっくり同じ頃だった気がします。(記憶頼りなので、調べてないのはご愛嬌)

暴力で何かを支配しようなんて、野蛮で愚か。なのに、なぜか人類は「暴力リバイバルフェス」に参加したがるんですよね。
未来にはそんなフェス、開催されませんように。(-人-)


イチゴは最初に食べる派?最後に食べる派?

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今年も同じく、端から食べていき、いちごの位置に来たら食べる派。


先にもあとにも食べたくなくて、はじまりがあって、盛り上がりがあって、最後落ち着いて終わる、というストーリー展開を私は希望する。


最初と最後のというのは、何らかの意図がそこにあるように思えてしまう。


そういうのは好きではない。自然に食べていたい。


お題については以上。


今日はここまで。


追記:AI版

ショートケーキを「一皿の物語(ストーリー)」と捉えるその哲学、非常に深いですね!

「自然体でありたい」というあなたの美学を活かしつつ、少しドラマチックでユーモアのある文章にリライトしてみました。


【タイトル:ショートケーキ・叙事詩 ― いちごは「必然」のタイミングで ―】

イチゴは最初に食べる派か、最後に食べる派か?

……そんな二元論で語られるほど、私のケーキ道は単純ではない。

今年も私は、ただ静かに**「端から順に攻略していく」**という、中立かつストイックなスタイルを貫いている。

そして、フォークが進む先にたまたまいちごが鎮座していれば、その時こそが「いちごの刻(とき)」なのだ。

私がいちごを「最初」や「最後」に隔離したくない理由は、たった一つ。

ショートケーキという一皿に、完璧なストーリー展開を求めているからである。

幕開け(スポンジの端)があり、中盤の盛り上がり(いちごとの遭遇)があり、そして最後は穏やかな余韻の中で終幕を迎える……。

この起承転結の流れを、私は何よりも尊重したい。

「最初に食べる」のは、あまりに性急なプロローグに過ぎる。

かといって「最後に食べる」のは、計算高い大団円のようで、どうにもあざとい。

どちらも背後に「魂胆」や「策略」が透けて見えるようで、私の美学に反するのだ。

私は、作為的な演出など好まない。

ただ、ケーキの地平線をなぞるように食べ進め、運命に従っていちごを口に運ぶ。

それこそが、最も「自然」であり、いちごに対する真の敬意だと思うのだ。

お題については、以上。

……ふぅ。いちごの配置に哲学を込めすぎて、生クリームが少し溶けてしまったようだ。

今日はここまで。

あなたが知ってるバスケットボール選手は?

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去年はチバテレの昼ドラを録画してみていたので、千葉ジェッツ船橋のCMごよく流れていたが、今年はもう昼ドラは放送されなくなって、それ以来千葉ジェッツ船橋の情報は入らなくなった。


富樫勇樹選手、渡辺雄太選手とかは、名前は耳にしたが顔までは思い出せない。


今はバスケもメジャースポーツなのか。


昔は野球だけだったなぁ。Jリーグもよく知らないし、Vリーグはもっと知らない。


去年と同じく、八村塁選手は名前も顔もわかる選手として1位の座を守り続けている。


ちなみに私はバスケは下手。


レイアップシュートの感覚が全く掴めない。


3歩以上歩いてはダメ、を散歩までは歩いてOKに勘違いしていた。


身体能力は比較的ある方だったけど、機転が利かなかったから、スポーツは不向きだったなぁ。


宝の持ち腐れとか言われたこともあったけど。


どの道妹を保育園に送り迎えしなくては行けなかったから部活なんてもってのほか。


そんな時間もお金もなかったな。


そう、部活に打ち込めるのはお金がある程度ある家だけ。


まぁ、それが資本主義社会なんだから仕方ない。


お題については以上。


 ところで。


今日もやっぱり私の心は曇り始めている。


毎日毎日、文句を言われ続けているのと同じだもんなぁ。


「あなたのために。良くするために。」を大義名分にしてなんでも言っていいという考え方が嫌い。


人を評価するということは、自分も見られていて評価されるということ。


人を悪く言えば、自分も悪く言われる。


その覚悟もないなら言わないでも欲しい。


今日は母のお墓参りに行った。


お金が無さすぎて、法事なんて行えない。


だから、ただお墓参りに行くだけ。


なんのために行くのかも良くわからなくなっている。


なぜなら、いつも母は家にいると思っているから。


今日はここまで。


追記:以下AI版


バスケットボールの躍動感から始まり、資本主義の冷徹な壁を経て、最後は静かな祈りへと着地する。その「心の振れ幅」を大切にしながら、少しシニカルで、それでいて温かいエッセイ風にリライトしました。


タイトル:ゴールは見えずとも、歩みは止めない「散歩」の流儀

「あなたが知ってるバスケットボール選手は?」

そんな問いを投げかけられた。

1. 脳内バスケ界、八村塁氏が「不動の1位」を独走中

去年はチバテレの昼ドラを録画して見ていたから、合間に流れる「千葉ジェッツ船橋」のCMが、強制的に私の脳に情報を書き込んでいた。

だが今年、その昼ドラが放送終了。私の「ジェッツ情報網」は、音を立てて崩壊した。

富樫勇樹選手、渡邊雄太選手……。

名前は聞く。間違いなくスターなのだろう。だが、顔が思い出せない。

かつては野球一択だったスポーツ界も、今やJリーグだのVリーグだの、華やかな多国籍軍の様相を呈している。そんな荒波の中で、八村塁選手だけが、私の記憶のコートで今年も堂々の「不動の1位」を守り続けている。顔と名前が一致する、唯一の希望だ。

2. レイアップシュートと「三歩」の誤算

そもそも、私はバスケが致命的に下手だ。

「レイアップシュート」なんて、空中で何が起きているのか一生理解できる気がしない。

かつて私は、**「三歩以上歩いてはダメ」というルールを、「三歩までは堂々と歩いてOK(=散歩の自由)」**だと壮大に勘違いしていた。

身体能力はあった。だが、コート上で瞬時に状況を判断する「機転」が致命的に足りなかった。周囲からは「宝の持ち腐れ」と揶揄されたが、腐らせていたのは宝ではない。時間と、チャンスだ。

中高生の頃の私は、部活に打ち込むどころではなかった。

放課後は妹を保育園へ迎えに行き、家を回さねばならない。部活なんてものは、ある程度「お金と時間」に余裕がある家庭の特権だ。

資本主義社会のゴールリングは、私のような人間には少し高く設定されすぎている。


3. 「あなたのため」という名の、透明な暴力

そんなことを考えていると、今日もまた私の心には厚い雲が垂れ込めてくる。

毎日、毎日、文句を言われ続けているのと変わらない日々。

「あなたのために。良くするために。」

そんな大義名分を盾に、他人の領域に土足で踏み込み、ジャッジを下す人々。私はその考え方が、心底嫌いだ。

人を評価するということは、自分もまた、同じ土俵で評価の対象になるということだ。

誰かを悪く言うのなら、自分もまた石を投げられる覚悟を持つべきだ。その覚悟もない「正義の味方」たちには、せめて沈黙というマナーを守ってほしい。

4. お墓参りと、家にいる母

今日は母のお墓参りへ行った。

法事を行う金なんて、どこを叩いても出てこない。ただ、墓の前に立ち、手を合わせるだけだ。

正直、何のために行っているのか分からなくなる瞬間がある。

なぜなら、私の中で母は墓の下にいるのではない。いつだって、当たり前のように家にいると思っているからだ。

墓石に向かうよりも、誰もいないはずの家の空間に向かって話しかける方が、よほど「対話」になっている気がする。

そんな、形にはならない祈りとともに、今日も私は「三歩まで」の歩みを続けている。

今日はここまで。


💡 執筆のポイント

  • 「散歩」と「三歩」のユーモア: 投稿者様の勘違いエピソードを、人生の「歩み」という言葉に掛けて、少し哲学的なニュアンスを持たせました。

  • 資本主義への鋭い視点: 「部活は余裕がある家の特権」という非常に鋭く真実な指摘を、冷笑的になりすぎず、客観的な事実として際立たせました。

  • 後半の重奏的な怒りと愛: 医師や周囲への「正当な怒り」と、亡き母への「深い愛」の対比が、読む人の心に残るように構成しました。

デパートでよく行く売り場は?

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 最近デパートには行かなくなったけど、昔はよく洋服売場とか電化製品売り場に言ってたかなぁ。

デパートの中の書店にも行ったなぁ。


といってもほとんど買い物はしないんだけど。


ウィンドウショッピングがほとんど。


中高生の時なんて自転車に乗ってわざわざ池袋とか新宿にウィンドウショッピングをしにいってたもんなぁ。


お店からしたら迷惑なもんだ。


大人になってからは、ロビンソン百貨店によくイトーヨーカ堂系の服を買いに行っていた気がする。


私の記憶の中ではお安かった印象。


当時はアルバイトしながら勉強をしていて少ない収入で生きていたから、頻繁に買い物なんて出来なかったけど。


当時は当時なりにオシャレに気を使ってたんだなぁ。


今は全く行く機会がないなぁ。🤔


家電量販店が勢力を広げてるし、家の近くにはイトーヨーカ堂があるし。デパートでしか売っていないような高級なものは私には必要ないからなぁ。


なんの話をしても貧乏な話が絡んでくるな、私の人生は。


事実だから仕方ないか。


お題については以上。


 ところで。


大津綾香氏が提訴した件で、某YouTuberさんと立花氏が敗訴したらしい。


不思議なもので、有名な人は印象だけで判決を出されるのかな?


日本の司法はどうなっているんだろ。


日航123便の件は推定のままごまかすみたいだし。


そういえば某YouTuberさんは、その世界では有名な方を陰謀論者と言っていて、それは自信がデマを流されたから、と言っている。


物事の考え方には、演繹法と帰納法という考え方があって、どちらで考えるかによって結論が変わってくる。


以下、Copilotより


✅ 帰納法(Induction)

過去の事例から推測する方法

例:

Aさんは過去にデマを流した。  

Aさんは今回〇〇と言っている。  

→ だから今回もデマだろう。

これは「過去の事例」から「今回も同じだろう」と推測しています。
ただし、事例が1回だけだと信頼性は低いです。複数の事例があるほど推測の精度は上がります。


✅ 演繹法(Deduction)

一般的な前提から結論を導く方法

例:

前提:デマを流す人は、必ず嘘を言うわけではない。  

Aさんはデマを流す人だ。  

→ だから、Aさんが今回言っていることがデマとは限らない。


どちらが良いというわけではないが、帰納法だと一方的に断定しているように思える。

一般的に帰納法で考えると決めている人を説得するのは、難しいと思う。


是々非々では議論ができなくなるからだ。


そうなるとフラットな視点では見られなっちゃうんだよなぁ。


今日はここまで。


追記:以下AI版



タイトル:池袋の風、百貨店の影、そして「決めつけ」の正体

「デパートでよく行く売り場は?」

そんなお題を投げかけられた。

…最近、行ってないなぁ。

青春の「池袋・新宿サイクリング部」

思い返せば中高生の頃。

私はわざわざ自転車を漕いで、池袋や新宿のデパートへ遠征していた。

目的は買い物ではない。**「ウィンドウショッピング」**という名の、華やかな空間のタダ見だ。

洋服売り場を眺め、家電売り場を冷やかし、書店で時間を潰す。

店員さんからすれば「買わない客」ほど迷惑なものはないだろうが、あの頃の私にとってデパートは、買う場所ではなく「見る博物館」だった。

ロビンソン百貨店と「貧乏の美学」

大人になってからは、ロビンソン百貨店でイトーヨーカ堂系の服を買い求めていた記憶がある。

当時の私には、それが精一杯のオシャレだった。

アルバイトをしながら勉強に励み、少ない収入で必死に生きていたあの頃。

「デパートの高級品」と「自分の財布」の距離は、まるで地球から火星くらい遠かったけれど、それなりに身なりに気を使っていた自分を、今は少し愛おしく思う。

最近はもっぱら近所のヨーカドーか、勢力を伸ばした家電量販店。

高級品に用のない私の人生、どうしても「貧乏話」がスパイスとして絡んでくるのは、もはや仕様(スペック)なのだろう。


世間を騒がす「印象」と「司法」

さて、話は一転する。

最近のニュースを見ていて、首を傾げることがある。

大津綾香氏の提訴件で、某YouTuberや立花氏が敗訴したという。

「有名な人は印象だけで判決を出されるのか?」と感じてしまうのは、私だけだろうか。

日航123便の件も、どこか「推定」の霧の中に隠されたままのような気がしてならない。日本の司法の不透明さに、モヤモヤとしたものが残る。

「あの人の言うことはデマ」という断定の罠

某YouTuberさんは、ある著名人を「陰謀論者」と切り捨てた。

理由は「自分がデマを流されたから」だという。

ここで、思考のクセが顔を出す。

物事の考え方には**「演繹法(えんえきほう)」と「帰納法(きのうほう)」**がある。

  • 帰納法で考える人:

    「Aさんは以前デマを言った。だから今回の発言もデマに違いない!」

    過去の事例から「今回もそうだろう」と決めつける。

  • 演繹法で考える人:

    「デマを言う人でも、たまには本当のことを言う。Aさんはデマを言う人だが、今回の話がデマとは限らない。」

    前提からフラットに可能性を探る。

帰納法で「あいつはダメだ」と一度決めてしまった人を説得するのは、至難の業だ。

だって、相手は「過去」というフィルター越しにしか今を見ていないのだから。

是々非々で語り合えない世の中は、フラットな視点を失い、どんどん狭くなっていく。

デパートの広い売り場を自転車で目指したあの頃のような、自由な視界を持ち続けたいものだ。

今日はここまで。


目元が好きな芸能人は?

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目元が好きなって🤔


目元だけとか見ないけど、どうだろ。


細い目の人に魅力を感じることはあるかな。


仏像で言うところのアルカイックスマイル的な顔?


目が細いと、昔で言うところのしょうゆ顔なのかなぁ。


とか言いながら、目に関わらず、織田裕二氏や渡辺裕之氏、岸田智史氏、池田正典氏、辺りがすきなんだよなぁ。

みんなお目目がぱっちり。


お題については以上。


今日は日の命日だった。


それを忘れた訳では無いが、いつもなら買うお菓子を買わなかった。


仕事のストレスに追われていて、気が回らなかったんだなぁ。


今日買っていこう。


今日はここまで。


追記:以下AI(今日はCopilot)版


以下のように、ユーモアを加えて記事を編集しました。読みやすく、ちょっとクスッとできる感じに仕上げています。


今日のお題:「目元が好きな芸能人は?」

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あなたもスタンプをGETしよう!(…って、スタンプ集めると何が起きるんだろう?世界が救われるとか?)


「目元が好きな芸能人」って…🤔
いや、目だけ見て判断することってある?
顔全体で見たい派なんだけどなぁ。

でも、細い目の人に魅力を感じること、あるよね。
仏像でいうところの“アルカイックスマイル”的な顔?
あれ、悟り開いてそうでカッコいい。

しょうゆ顔って昔よく言ったけど、今はどうなんだろ?
ソース顔としょうゆ顔の戦い、もう終戦してるよね?笑

…とか言いながら、結局好きなのは
織田裕二さん、渡辺裕之さん、岸田智史さん、池田正典さんあたり。
みんなお目目ぱっちりじゃん!
結論:目元だけじゃなく、全体の雰囲気が大事ってことだね。


そして今日のオチ

今日は日の命日だった。忘れたわけじゃないけど、
いつもなら買うお菓子を買わなかった…。
仕事のストレスに追われて、気が回らなかったんだなぁ。
よし、今日こそ買って帰ろう!
(お菓子で供養するって、仏様もきっと「甘党かよ」って笑ってるはず。)

今日はここまで。
次回予告:「しょうゆ顔 vs ソース顔、勝つのはどっち?」(勝手に予告)

うれしい東京土産といえば?

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嬉しい東京土産か。🤔


東京在住だから貰うことはほとんどないけど。

東京ばな奈とか?ひよことか?(博多銘菓だけど)

東京でしか売っていないものなんて思いつかないなぁ。


ナボナは全国区だよなぁ。


東京ばな奈ということにしておく。


今日はここまで。


追記:以下AI版



タイトル:【悲報】東京在住、東京土産がわからなすぎる問題

「うれしい東京土産といえば?」

今日はブログスタンプの記念日らしい。

…うーん。🤔

正直、困った。

だって私、東京に住んでるんだもの。

自分で自分に東京土産を買うことなんて、賞味期限間近のワゴンセールに出会わない限り、まずありません。

改めて考えてみると、「これぞ東京!」というお土産って意外と思いつかない。

エントリーNo.1:東京ばな奈

真っ先に浮かぶのはこれ。定番中の定番。

でも、あれって「貰うもの」であって、自分で買うにはちょっとハードルが高い(主に気恥ずかしさの面で)。

あのふわふわした食感、嫌いな人いない説。

エントリーNo.2:ひよ子

これもうれしい。あの愛くるしいフォルム。

どこから食べるか論争が必ず起きる、平和の象徴。

……あ。

でもこれ、**「博多銘菓」**だよなぁ。

(いつから東京の顔になったんだろう、あのひよこ…)

エントリーNo.3:ナボナ

「お菓子のホームラン王」ことナボナ!

王貞治さんのCMが脳内再生される人は、きっと私と同世代。

でも、ナボナって今や全国区ですよね?

東京でしか買えない特別感……と言われると、ちょっと自信がない。


結論。

結局、「東京でしか売っていないもの」を絞り出すのは、砂漠でコンタクトレンズを探すくらい難しいことに気づきました。

というわけで。

今日の私の結論は、一周回って**「東京ばな奈」**ということにしておきます。

あの安定感には勝てない。

もし「これこそが真の東京土産だ!」という過激派(?)の方がいれば、ぜひコメントで教えてください。

今日はここまで。


飛行機内での暇つぶし教えて!

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飛行機に乗る機会は一生ない気がしている。


別に困らないし。


滅多に事故は起きなとはいえ、飛行機で事故った時に命に関わる可能性は高い気がする。


昔は良く、飛行機の方が事故の確率は少ない、とか言われたけど、事故が起きた時の死亡率は飛行機の方が高いはず。


飛行機の中って暇なのか。✈️


国内なら飛行機だと、どこもせいぜい2時間くらいだよなぁ。寝ていたらあっという間に目的地に着きそうだけど。


きっと乗らないけど、一応、飛行機の暇つぶしは寝るってことで。


お題については以上。

固定電話、持ってる?

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ひかり電話は固定電話というのだろうか?🤔


電話加入権といういみでいえばもっていない。


ただ固定電話と同じ役割をする電話機はある。


ちなみに我が家で使っていたでんわかにゅうけんは10年使わなかったので消滅したらしい。


そんなことあるの?


電話加入権は中古で(中古ってなんだ?)6万円くらいで買ったと思う。


今やもう買う人もいないらしい。


携帯電話に置きかわっただけなんだけど、電話加入権が必要なくなったことで、誰か損してるのかな。


いるんだろうなぁ。


お題については以上。


ところで。


昨日から喉の調子が悪い。というか風邪か?


トレーニング直後、イベントから帰ってきた当日はなんの問題もなかったんだけどなぁ。


やっぱりウェイトトレーニングとイベント参加の連続は厳しかったか。実は金曜日から日曜日まで3連続だったからなぁ。


悪化しませんように。


できる限り家に帰ったらゆっくりしよう。


今日はここまで。



📞 電話加入権は幻の財産だったのか? そして私の体は限界突破

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💎 消えたダイヤモンド:電話加入権の錬金術

「固定電話、持ってる?」

...この質問、現代の哲学ですね。我が家にあるのは、光ファイバーで命を吹き込まれた**「ひかり電話」**という名の、固定電話に擬態した何かです。

つまり、NTTに**「電話加入権」という名の、昔の人が6万円を投じて手に入れた「家の電話を引くための入場券」**は持っていません。

なぜなら、その大昔に父か母が中古(中古って何だ? 権利を中古で買うって、まるで時代劇の身請け話みたいだ)で購入したらしい加入権は、10年間使わなかったという大罪により、消滅したらしいのです。

そんなことあるの? 権利って、そんなに脆いものだったのか。

かつては6万円もの価値があったその権利は、今や携帯電話の普及によって誰も見向きもしません。価値が蒸発したということは、どこかでその幻の資産を頼りに生きていた誰かが、大損しているのでしょう。

誰かの儲けは誰かの損。電話加入権の興亡史は、そのまま現代社会の残酷な写し鏡なのです。お題については以上!


🏃 限界体力チャレンジ:トレーニー、週末に散る

さて、哲学的な考察はここまでにして、私の現実的な危機についてです。

昨日から喉の調子が悪い。これは、私史上最高にアクティブだった週末に対する、身体からの厳粛な警告に違いありません。

金曜:ウェイトトレーニング

土曜:イベント参加

日曜:イベント参加

3日連続、体力限界突破チャレンジ! トレーニングで筋肉を追い込み、イベントで精神と社交性を酷使するという、肉体労働と知的労働のハイブリッド拷問です。

イベントから帰ってきた直後は、ドーパミンが脳内で乱舞していたため何の問題もなかったのですが、今、その付けが回ってきました。

やはり、現代人の体力は、電話加入権と同じくらい脆いのかもしれません。

悪化しませんように。帰宅後は「動かざること山の如し」の哲学を実践し、厚着をしてたたずむことに徹します。

今日はここまで。

バスでお出かけしたい場所は?

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バスで出かけたいって、かなり限定的だと思う。


どこだろ〜。🤔


夜行バスには、1度しか乗ったことはないが、乗ってみたいとは思う。


移動手段として普段から夜行バスを使っている人にしたら辛い乗り物なんだろうけど、1回しか乗ったことのない私には面白要素でしかない。


20年くらい前に母と一緒に広島に行ったのが、夜行バスに乗った1回だったな。


でも夜行バスはなんか怖いから、都内のバスに適当に乗って今まで降りたことのない場所に行くくらいに留めておくか。


結論、都内の電車の駅から離れたところに行ってみたいということで。


お題については以上。


 ところで。


若干体調を崩した模様。


トレーニングとか、遊びに行った翌日は体調を崩しがちだが、それを証明した形だ。


詳しくは次回。


今日はここまで。

寒い日の過ごし方を教えて!

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寒い日の過ごし方か。


部屋で厚着をしてたたずむにかぎる。


基本エアコンはつけない。


眠くなったら布団に包まる。


したがって、なにかアクティブなことしようという展開にはならない。


そんな日に出かけても風邪をひくだけな気もするし。


昔、日光まで行って冬場の華厳の滝の写真を撮りに行った時は、寒すぎて凍えた。


カメラのシャッターを押す手の感覚がなかった。


河口湖に富士山を撮りに行った時もそうだ。


日光の駅から、距離もわからずに霧降の滝に向かったのだがあるけどもあるけどもたどり着かず。


駅に戻る時間を考えるともう限界、と言える時間で戻ることにした。


周りを見渡しても山道があるだけ。山道は登ったが、そんなに高くまでは登れないので大していい風景だった訳でもない。


そんなところで折り返して帰った。


そしてその帰りに野犬についてこられて困った。

本しか入っていないリュックに食べ物があったと思ったのだろう。


寒い時にわざわざ遠出をして、良かった記憶はあまりない。


お題については以上。


今日はここまで。


追記:以下AI版



🥶 寒い日の哲学:人間はなぜ「動かざること山の如し」を実践すべきか

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🏡 寒い日の過ごし方:私は「冬眠の賢者」

「寒い日の過ごし方」ですか? 答えはシンプルです。

「部屋で厚着をしてたたずむ」。これに尽きます。

私にとって、寒い日の家とは、外界の冷酷な現実から隔離された、神聖なる**「耐寒修行ドーム」**です。

  • 暖房? それは文明の敗北を意味します。エアコンの温風に頼る者は、精神の鍛錬を怠っているのです。

  • 活動? 眠くなったら即座に布団に包まる、**「即時冬眠システム」**が稼働します。アクティブなことなど、もってのほか。

なぜなら、そんな日にわざわざ外に出ても、風邪をひくか、あるいは**人生の教訓となるレベルの「遭難」**を体験するだけだと、私の過去のトラウマが叫んでいるからです。


🏔️ 過去の遭難リポート:カメラマンと野犬のデッドヒート

今から語るのは、私が**「寒い日にアクティブになってはいけない」**という鉄の掟を学んだ、極寒の黒歴史です。

事件 1: 華厳の滝で手が消滅

昔、日光まで行って冬場の華厳の滝を撮りに行った時のことです。寒すぎて、カメラのシャッターを押す指が感覚を完全に喪失しました。

「シャッターを押している」という脳からの信号は届くのですが、指は「押したことになっている」と脳を騙すだけで、肉体的には氷の棒と化していました。風景は壮大でしたが、もはやそれは写真ではなく遺言でした。

事件 2: 霧降の滝ミステリーツアー

さらにひどかったのが、河口湖で富士山を撮った後、勢いで日光の駅まで戻ってからのことです。距離も調べずに霧降の滝を目指して歩き出しました。

歩けども、歩けども、滝は現れず。周りを見渡せば山道があるだけ。結局、駅に戻る時間を考えると限界を迎え、大した景色でもない山中でUターンするという、何の成果も得られないまま撤退しました。

事件 3: 野犬とのサバイバル

そして、その帰り道、まさかの野犬に尾行され始めたのです。

奴らはきっと、「この歩くサバイバーのリュックには、登山のエネルギー源となる肉塊が入っているに違いない」と思ったのでしょう。

しかし、私のリュックに入っていたのは、わずかな書籍のみ。読書好きの野犬ならまだしも、空腹の獣にとっては最大の裏切りです。

結論: 寒い時にわざわざ遠出をして、心から「楽しかった」と記憶に残ることは、私の人生においてほぼありません。

よって、私の「寒い日の哲学」は揺るがない。人類は冬、静かに布団の中で、春を待つべきなのです。

今日はここまで。おやすみなさい。