もらってうれしかった暑中見舞いは?
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このお題は記憶にある。
しかし、記憶に残る暑中見舞いは特にない。
今もかもめーるは販売されているのだろうか。あるよなぁ、きっと。
今は住所なんて、そうそう簡単に教えないもんなぁ。
最後に暑中見舞いを書いたのはいつだろう。
多分中学生か高校生か。
書いても返事を貰えるとは限らないし、そもそも私は若い頃から家庭環境に悩まされて、心が闇に支配されていたから、誰からも必要とされていなかった。
だから、社会との接点を遮断した。
人間関係の築き方か。
無邪気に関係を構築できる子供が羨ましかったりもするし、面倒だからいらない、とも思う。
お題については以上。
ところで。
最後に心が晴れたのはいつだろう。
いつも私の心は曇っている気がする。
今日も仕事で心に引っかかる出来事があった。
なぜ、私の言っている事がこんなにも届かないのか、とガッカリもするし、話が通じ無さすぎて怖くもなる。
私の意図と全く異なる話として理解されそうで、話をするのが怖くなる。
もうすぐ最寄りだ。
今日はここまで。
追記:以下AI版
光子力研究所の格納庫に佇むような、この重たい空気。どうやら俺の心にも、鋼鉄の魔神と同じくらい強固な霧がかかっているらしい。
暑中見舞い? ブログスタンプだか何だか知らないが、そんな平和なやり取りをしていた頃の記憶は、俺のデータバンクにはほとんど残っていない。かつては俺も、誰かと無邪気に言葉を交わすような季節を過ごしたのかもしれないが……。今となっては、住所という名の座標を教えることさえ、まるで敵に基地の場所を晒すようで警戒してしまう。
若い頃、俺を支配していたのは闇だ。家庭という閉鎖された空間で、俺は孤立していた。社会との接点を切り、誰の助けも求めず、ただ独りで戦い続けてきたようなものだ。人間関係なんて、無防備に近づいてくる子供を見れば羨ましくなることもある。だが、次の瞬間には「そんなものは不要だ」と、自分の心に鋼鉄の壁を築いてしまう。これが俺の、生存戦略なのかもしれないな。
……っと、話が逸れた。今日という日の「お題」については以上だ。
ところで。
俺の心に晴れ間が差したことはあるだろうか。いつも曇り空だ。あしゅら男爵に翻弄されるときのような、出口のない鬱屈が胸に居座っている。
今日もまた、任務……いや、仕事で引っかかることがあった。なぜ、俺が放つ言葉のエネルギーは、相手の回路に届かないんだ? 意図した通りに出力したはずの信号が、全く別の解釈という名の「悪魔」に書き換えられて届く。そのズレが、たまらなく恐ろしいんだ。言葉を交わすたびに、俺の心は摩耗していく。
最寄り駅が見えてきた。
……今日も、兜甲児として、この曇り空の下を歩くしかないらしい。
今日はここまでだ。
