小さいころから大人になったら結婚するものだと思っていた。
でもいざその大人になるといつ結婚するのか。
時期が全く分からなくなる。
大人になれば、自然にするものだと思っていたが、
いつの間にかその大人になっていしまっている。
はやく結婚すれば「もっと遊んで色々経験してから結婚すべきだったと思うよ」と
わけのわからない嫌味を言われ
39歳で結婚していないと「その年で一度も結婚してないのは本人に原因がある」と
意味のわからない分析をされる。
双方の意見も理解はできるのだが、
もう少し、遊んでから27歳くらいで結婚すれば離婚はしないのか。
30歳くらいで一度結婚して離婚すれば、嫌味はいわれないのか。
結婚のタイミングで人からなにか言われることは多いが、
言われた通りのタイミングで結婚すれば必ず幸せになれるのか。
言葉は軽いが重い意味をもつ。
私は二回ほど本気で結婚と向き合ったことがあるが
二回とも、どうしても結婚に踏み出せなかった。
愛しているし、ずっと一緒いはいたいが【結婚】が嫌なのではなく
【今、この人と結婚】の決意ができないのだ。
結婚を意識しているということは、それなりの月日を一緒に過ごしているということは
恋人からパートナーへと変化していることもある。
つまり、結婚は単純なれないだけではしづらくなっているということかもしれない。
となるとますます結婚について考えてしまう。
この人でいいのか、もっとただ愛しているから結婚したいと思う人が現れることはないのかと
この人との結婚でいいのか。どうしても考えてしまう。
この決断は子供ができてのデキ婚以外はふみだだせないのかも。
もしかしたら結婚とはそういうものなのかもしない。
私たちは結婚に期待しているけれど、実は結婚は
【愛している人】とではなく【この人の嫌なところなら許せる】なのかもしれない。
愛ではなくどれ程この人に期待しないでいられるかなのかと思う。
つまり結婚は【妥協】といえるものである。
少し妥協の結婚は寂し気持ちもするが、私たちはもう愛を信じられる気持ちも
体力もない大人になってしまったのだ。
このことを認めることが、結婚へ決断と同じである。
もしかしたら私がそう思っているだけで愛の結婚を出来るかもしれない。
ただ愛をあきらめているから結婚に踏み出せないだけなのかも。
私の考えが違うと思いたい。