先日、何気なく出身中学のホームページを見たら、

校長先生の挨拶のところ、見覚えのある名前がありました。

この先生、数学か何かの先生じゃなかったっけ…

と、卒業アルバムを手にした時のことです。


私は、中学時代はいい思い出など、何1つありません。

高校は、引っ越しのため学区外受験だったので、

中学が同じ人が誰1人いない高校で、大変ありがたかった…というくらい、中学校が大嫌いでした。


あの時代に、不登校が許されるのであったなら、私は学校など行ってませんでした。


その中学時代、私は髪の毛で悩んでいました。

ものすごいクセ毛で、髪の毛がまとまらなく、分かりやすい例えだと、

「ミステリという勿れ」の久能整くんの如くの髪型だったのです。


男子からはチリチリパーマブロッコリーとバカにされ、

女子からは髪型が気持ち悪いと、陰口を叩かれてました。


幼稚園の頃から、髪型は母に決められてました。

自分の好きな髪型にはできなかったのです。

その髪型は、段が沢山入ったベリーショート。

これ以外の髪型は、許可されませんでした。

小さい時は一緒に美容院に行き、美容師さんに髪型を指定してました。

私が中学生になり、1人で美容院に行くようになると、帰ってきてベリーショートじゃないと、烈火の如く怒り、

何故か人格否定までする始末。


ただ、チリチリの癖毛がベリーショートにすると、髪が一切まとまらない。

お願いだから、髪を伸ばしたい。伸ばしてくくって、癖毛を目立たなくしたい

と言っても、全く聞き入れてくれません。


ブロッコリー、チリチリパーマ

と馬鹿にされながらの中学時代でした。


そんな事も忘れてて、

何十年ぶりに卒業アルバム見たら、

見事に、私の姿は全部ブロッコリーでした悲しい


なんか、見ててかわいそうになってしまって。

年頃の女の子が、こんな髪型させられるなんて、

ある意味虐待じゃない?と、思いました。


私だったら、娘にあんな髪型はさせられない。

でも、母はあんな髪型を平気でさせてた。


私が、悩む姿を見るのが楽しかったのかな。

私が、癖毛で馬鹿にされるのを楽しんでたのかな。

まぁ、どのみち普通の感覚とはかけ離れた人だから、こういうとんちんかんな事を平気でやるんでしょうけどね。

ってか、自分がとんちんかんな事をしてるなんて、さらさら思ってないんでしょうけどね。


今みたいに、縮毛矯正やヘアアイロンがある時代だったら、また違ってたかと思います。

お年玉やお小遣い貯めて、ヘアアイロンは買ってただろうなぁ…


現在も、髪は癖毛が強く、年2回は縮毛矯正。

ヘアアイロンも買いました。


ヘアアイロンを使うたび、

あの時代に、これがあれば…

と、思っています。