
私は働いている時にひどい鬱病を患ったので、もはや社会復帰はできない社会不適合である。正確には、人と深くかかわって生きていくことができない。当時助けてくれた人はいたけれど、それがよい相手だったとも言えないのかもしれない。人を疑ったりすることが私の中にはなかったからだ。人というものにほとんど興味がないのは今も同じだ。人が作り上げるものにはとても関心があるけれど。あのとき何日も眠れず暗い道の中を這って生きているような感覚に陥った。それは本当に先の見えない闇だった。そこから救い出してくれたのは、人が作り上げるものだった。
それにしても、案外最初から、悪意の目で見られることのほうが多かった気がする。思い返せば、入社したての歓迎会で、その部署で新人は私一人だったのに、金がないからと参加費用を徴収されたときから違和感はあった(あとにも先にも新人の歓迎会でお金を徴収されたのは私だけだった)やはり最初から歓迎なんかされてなかったんだと思う。まぁ、基本的に人に好かれない性質だ。
当時、助けてくれたのは外の世界の人だった。今は北海道におられる大好きなお姉さん。私にまともな歩き方を教えてくださったアメリカ在住の御婦人。私の中学生の頃からの師匠。
かなり早い段階でそこからさっさと抜け出したいって思っていたけれど、外の世界のおかげで持ちこたえて意外に結構な年数は続けられた。会社は大嫌いだったし、誰一人信用できなかったけれど、仕事自体は面白かったからだ。しかし、あることがきっかけですっぱり辞めた。違う業界で働いてみて、面白いなと思うことはあった。けれどやっぱり誰かとチームで働くということは向いていないと痛感した。やっぱり社会不適合者だと思う。
そして今も、人と深く関わることを極力避けている。
そんな私には、自分と向き合って、コツコツとする仕事が向いているのだとしばらくたって気がついた。そうして今に至る。
誰も私に興味がないことはわかりきっている。そう。だからこそ私は深海魚になって、長年いたこの場からは離れようと思う。