子供らは扉の向こうに何かをハッキリ見つけたようだと、ここに書いたわけだが
それは遠征での結果から感じたものではない。
遠征ではいつもと変わらぬ彼らであり、いつもと変わらぬプレー。
それは、県大会出場が決まってからの彼らの行動から感じたものであり
それによって、いつか、自分がまだ見ぬ景色、自分を満たしてくれる景色を見させて貰えるような気がした。
が、単なる自分の思い過ごしだったのかもしれない....。
少々の自信は持ったほうがいいのかもしれないが、中途半端な自信など持たないほうがいい。
ましてや過信など持つべきではない。
最近、何だかちっとも面白くない。
いくら伝えても、何も変わっていかない。
全く進歩していかない。
そもそも伝えようとしていることに問題があるんじゃないか?と思えてきた。
自分はサッカーを子供達に伝えたい。
ただサッカーだけを。
挨拶がどうとか、話を聞かないとか、団体行動とか、どうだっていい。
サッカーさえ伝われば。
それがサッカーに必要だと言うのならば、伝えていくべきだが。
まだ10歳そこらの子供達にサッカーを伝えようなんて考えがそもそも間違いなのかもしれない。
ちゃんとしたサッカーにならないから腹がたつ。
ちゃんとしたサッカーをやらせようと右往左往する。
こういう時はこうだろう!
こうなったらこうだろう!
こうやりゃなきゃサッカーとは言えないだろう!
じゃなきゃ、勝てないだろ!
結果なんか出せないだろう!
子供達にあるチームのサッカーを観戦させた。
自分が子供達にやってほしいサッカー。
とにかく空いている所、相手が居ない所へドリブルで運ぶサッカー。
相手に簡単に奪われず、キープするサッカー。
前に進むことが全てではない、後ろしか空いてないなら後ろへドリブル。
良く見てると、彼らがやっているのはサッカーではない。
相手に奪われないように、相手の居ない場所を見つけだしボールを運ぶ遊び。
サッカーという大きなくくりを教えこむより、一つのことを徹底的に教えこむことのほうが面白い。
それは去年の六年生にひたすらオーバーラップをやらせ続けたことで、分かっていたことなのに....。
まあ、そんなチームの試合を観戦させたところで、真剣に見てるヤツもなきゃ何かを感じるヤツもない。
直後の試合は当然いつもの調子。
まあ、好きにやってくれや。
ってな、ワケにはいかないし。
それは遠征での結果から感じたものではない。
遠征ではいつもと変わらぬ彼らであり、いつもと変わらぬプレー。
それは、県大会出場が決まってからの彼らの行動から感じたものであり
それによって、いつか、自分がまだ見ぬ景色、自分を満たしてくれる景色を見させて貰えるような気がした。
が、単なる自分の思い過ごしだったのかもしれない....。
少々の自信は持ったほうがいいのかもしれないが、中途半端な自信など持たないほうがいい。
ましてや過信など持つべきではない。
最近、何だかちっとも面白くない。
いくら伝えても、何も変わっていかない。
全く進歩していかない。
そもそも伝えようとしていることに問題があるんじゃないか?と思えてきた。
自分はサッカーを子供達に伝えたい。
ただサッカーだけを。
挨拶がどうとか、話を聞かないとか、団体行動とか、どうだっていい。
サッカーさえ伝われば。
それがサッカーに必要だと言うのならば、伝えていくべきだが。
まだ10歳そこらの子供達にサッカーを伝えようなんて考えがそもそも間違いなのかもしれない。
ちゃんとしたサッカーにならないから腹がたつ。
ちゃんとしたサッカーをやらせようと右往左往する。
こういう時はこうだろう!
こうなったらこうだろう!
こうやりゃなきゃサッカーとは言えないだろう!
じゃなきゃ、勝てないだろ!
結果なんか出せないだろう!
子供達にあるチームのサッカーを観戦させた。
自分が子供達にやってほしいサッカー。
とにかく空いている所、相手が居ない所へドリブルで運ぶサッカー。
相手に簡単に奪われず、キープするサッカー。
前に進むことが全てではない、後ろしか空いてないなら後ろへドリブル。
良く見てると、彼らがやっているのはサッカーではない。
相手に奪われないように、相手の居ない場所を見つけだしボールを運ぶ遊び。
サッカーという大きなくくりを教えこむより、一つのことを徹底的に教えこむことのほうが面白い。
それは去年の六年生にひたすらオーバーラップをやらせ続けたことで、分かっていたことなのに....。
まあ、そんなチームの試合を観戦させたところで、真剣に見てるヤツもなきゃ何かを感じるヤツもない。
直後の試合は当然いつもの調子。
まあ、好きにやってくれや。
ってな、ワケにはいかないし。

