uzohのブログ

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当分の間はmixiの日記からの引越しで過去ブログをUP。

mixi以前の日記なども鮮度に関係なく読めるものは引っ越してきます。

とりあえずは平日に1日1個ずつ。

夕焼けの思い出

 映像として記憶に残るおそらく最初の夕焼けの話。

 当然、それ以前にも夕焼けを見た記憶はあるのですが、それらは皆「見た」と言う記憶だけで夕焼けの映像そのものは思い出せなかったりします。 記憶力悪いのう (^_^;)


 これは多分小学校に入る前の記憶ですね。

 裏山に家族でハイキングのように登った時みたいです。
 兄二人と父、母がいたと思うのですが何故か母だけ映像としての記憶が無い.... ヲイヲイ (^_^;)


 日が暮れかけて海に沈む夕日を父が一所懸命写真に撮っているのです。
 今、そのときの風景を思い出すと空いっぱいに広がるとても綺麗な夕焼けなのですが
 そんな光景が当たり前に育っていた私は父の行為を不思議に感じ「なぜお日様をそんなに撮っているの?」と質問したのです。
 洒落の好きな父は「こうやって写真に取っておかないと明日お日様が昇ってこないんだよ」と答えたのでした。
 「えぇ、そしたら誰も撮らなかったらお日様が出ないじゃない」と不安がる私に父は
 「大丈夫世界中には数え切れないほどの人が居るから必ず何人かが写真を取っているから。 だって今までお日様が昇らなかった日は無いでしょ?」と答えたのでした。
 今考えたら突っ込みどころ満載なのですが、当時の私は腑に落ちないながらも「うん」と答えるしかなくて、そのせいか「疲れたぁ、歩けないぃ」とオンブをせがんだのでした(駄々こねたとも言う)。 父の背中で嬉しかったのを覚えています。


 保育所の帰りに下の子にオンブをせがまれて(2010年頃)思い出したお話。


その日は大学からの悪友である彼といつものように居酒屋で仕事の愚痴を言いながら酒を酌み交わしていた。彼はそこそこ優秀で将来を嘱望されていたにもかかわらず健康に恵まれなかったため就職活動が上手くいかずに希望する企業に入れなかったのだった。
「まったく、健康なやつがうらやましいぜ、無理がきかないこの身体を騙し騙し安い給料でダラダラ生きていくのかねえ」
働き始めたころはどう答えていいのか困ってしまていた彼のいつもの愚痴も、別に返事が必要では無いことに気付いてからは深く酔ったふりをして顔をうつむける様になっていた。
「こんなポンコツな体じゃあ残りの寿命でも売っぱらって太く短く贅沢な暮らしでもしたくなるよなあ」
と彼がいつものセリフを言ったとき、彼の後ろのカウンター席に座っていた男がこちらにやって来るのが見えた。

「お楽しみのところ申し訳ありません。今、寿命をお売りになりたいとお聞きしたのですが少しよろしいですか?」
胡散臭い微笑みを浮かべながらやって来た男は黒いスーツに身を包んだやり手のセールスマンといった風情だった。

「早速ですが、もし寿命を10年いただけるなら、一生遊んで暮らせるだけのお金をご用意できますが興味はございますか?」

黒い服の男は、そう言って何枚ものパンフレットを取り出してきた。

友人はそのパンフレットをロクに見ようともせず
「本当か? だとしても10年分の寿命を売ったら翌日には死んでいたなんて事ならお断りだぞ!」

男はスーツケースに入っている機械らしきものを暫く弄った後に
「はい、今簡単なチェックをいたしましたが契約した後も何年か寿命に余裕がありますので十分に贅沢な暮らしを楽しんで頂けると思います。」

それを聞いてニヤッとする友人、
「あと、寿命が続く限り金は続くんだろうな、うっかり寿命の前日に金が切れるって事にでもなったら10年分の寿命を返してもらうだけじゃなく違約金として10年の寿命分も贅沢させてもらうぞ!」

「では契約OKと言う事で」と
黒服の男は微笑みを保ったまま契約書を差し出した。

パンフレットの時と違って
今度は契約書を何度も読み返し得心したように大きく息をついてペンを手に取る。

彼が契約書にサインをして書類を手渡すと男は書類をサッとカバンに仕舞い、そそくさと店を出ていくのであった。

「オイ、あんな訳の分からない契約を簡単にしてしまって良かったのか?」
私の問いかけに彼は

「こんな体じゃ残りの人生の贅沢三昧と比べれば安いものさ。」と嘯く

「なんにせよ契約は成立した。あの黒服の男が本当にこの契約を履行できるとも思えないし、本当に履行できるならそれはそれで今よりは良い条件だと思うけどなあ。どうせ人間はいつ死ぬかわからないんだから。」
まだ酔いの抜けない顔で、それでも先ほどよりも余程すっきりした表情で彼は笑っていた。



結局翌日以降も彼の生活に変化はなかった。当然だよね。
いや、正確に言えば初めの頃に変わった事は無かった。

今まで以上に病院に通い、少しずつ仕事にも精を出すようになった。
あの日の事で何かに吹っ切れたのか表情も明るくなったし
引きこもり気味だった彼がどこかに旅行に出かけるようにもなった。

結果的に彼に良いきっかけを与えてくれたのだと胡散臭い(失礼かな?)黒服の男に感謝する私であった。
でも20年ほど過ぎた頃にふと気づいた事がある。あんなに病弱に見えていた彼が血色も良く若々しいままである事に。何ならあの時よりも若返っているようにさえ見えるのだ。

更に何年も経ったある日のこと 高度医療センターに行く必要があり、その時に彼に何が起きていたかを知ることになった。そこには出資者として彼の近影が飾られていた、まだ20代で通じそうな若々しさで。

「え、同い年のはずなのに...」
驚いたまま写真にくぎ付けになっている私に気づいた職員の女性が話しかけてくる。
「若々しいですよね、この方、他でも同じことしてるのに『自分の健康の為だから』としかおっしゃらないんですよ...」
説明を最後まで聞くこともない、彼にとって最高の贅沢がこれだったのだ。



更に何年かが過ぎ、同年代の人間は次々と世を去っていく。
彼だけが元気だった。

ある日、黒い服の男が訪ねてくる。
「お約束の日になりましたのでお伺いいたしました。」

彼は首をかしげた。
「今日はどういったご用件で?」

男は少し困惑した様子で続ける。
「あなたの寿命があと10年になりますので契約通りに残りの寿命を頂きに参りました。」

彼は契約のことを思い出したように笑いながら
「ああ、研究の事に夢中になってすっかり忘れていたよ、すまない。」
と、以前に用意していた一冊のファイルを取り出して開く。そして
「そうそう、君との契約は締結時点での寿命ですよね。」
と明るい声で話しかける。

その態度に訝しげに男が答える。
「一応、そうですね。」

言質を取った彼はますます明るい声で説明を始める。
「その後、私は平均寿命を四十年以上延ばしました。」
そして彼は洋々と計算式を示した。

基本となる契約前の寿命。 その後に医学によって延びた年数。

「計算上まだ三十年以上あります。そして、今もそれを伸ばすべく研究は進んでいます。」

黒い服の男が答える事は無かった。

「契約書には、寿命を延ばしてはいけないとは書いてありませんよね。」
彼は微笑んだ。

彼が話している間黒い服の男は契約書を何度も読み返していた。
(確かに書いていない...)
黒い服の男は、その契約書を確認し終わった後小さくつぶやいた。
「あと一行必要だったのか...」


その建物から外に出たところで黒い服の男はため息をついた。

「人間って、なんでこんなに抜け穴ばっかり...」



*作者コメント

ChatGPTに何度もダメだしされながら完成した作品です。(^_^;)

 

 

【アイヌ新法「先住民族」を明記、国会提出へ 観光振興も:朝日新聞デジタル https://www.asahi.com/articles/ASM254H84M25UTFK00L.html

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この記事を読んだので以前(2014年)にmixiに書いた日記の改訂版 (^_^;)

 

私は 
北海道とは反対側の沖縄出身で 先祖代々沖縄なんだけれど、 
自分が琉球民族だとは思って居ないし 琉球民族なんて現代には存在し無いと考えています。 

勿論、 
純粋にアイヌの血を引く人や琉球人の血を引く人(私を含む)は存在するわけですが、 
たとえ新しい文明の利器を取り入れながらでも、民族として独立した存在であり続けるほどの文化的違いは 
現在では存在し無いと言うのがその理由。 

私が子供の頃は 
ご近所のおばあちゃん達には手の甲に刺青をされて居る方が結構居られました。 
確かアイヌにもこの風習がありましたよね。 
この、民族独特の刺青をしていた近所のおばあさん達も私が高校生の頃には 
ほぼ、お亡くなりになっていました。 
その時に 私は「琉球民族としての証が一つ消えたんだなあ」と認識したものです。 

よく、 
制度上の優遇措置だとか その他「利権」などがからんで話をややこしくしていますが、 
新法ではそういう利権にぶら下がる人達を篩い落とす条項も盛り込んでもらいたいものです。

 

まあ、そう言う事とは別に、 
未だに琉球民族だとかアイヌ民族が存在していると主張するのは 
センチメンタルな感情にしか思えないのですよ。 

ちなみに

明治期の沖縄の民俗学者に伊波普猷という方がいらっしゃいまして、

その時代でさへ その道の専門家の彼が

「既に琉球民族と呼べる人々は存在しない」という趣旨の事を語られています。


まあ、ネタとしては私も自分の事を「兵庫の琉球人」だとか書いていますけれどね。(^ω^;)