良介(菅田将暉)は地味な工員仕事の傍らで結構阿漕なネット転売で荒稼ぎ。上司・滝本から親切ボカシに出世の話を持ちかけられ、同じく転売をやっている学校の先輩・村岡(窪田正孝)から一緒に稼ごうじゃないかと誘われるが、どっちも断って滝本が止めるのも聞かず会社を辞めた良介は、恋人・秋子(古川琴音)と共に群馬の田舎にある湖畔の一軒家に引っ越して転売屋に専念する事を決意。引っ越しの準備をしていた夜滝本が訪ねてくるが居留守を使う…。
今年に入り俄然黒沢清の活躍が目立つ。Vシネ時代の作品のセルフリメイク『蛇の道』の公開に次ぎ、今俺の地元のシネコンとミニシアターで黒沢作品が同時公開されているという有り得ない事態に。ミニシアター公開の中編『Chime』(23)とどっちを観ようか迷ったが、やっぱり新作の方がいいかなと思い本作をチョイス。黒沢監督が自らオリジナル脚本を書き映画化。転売屋に転じた主人公を襲う恐怖を描いたバイオレンスサスペンス。歌手活動もやりながら尚も映画出演に積極的な(本作が今年3本目の出演作品)菅田将暉が主演。濱口竜介の『偶然と想像』(21)に主演した古川琴音、『ある男』(22)に出演した窪田正孝、荒川良々らの共演。
しつこい滝本にゾッとした良介だが、引っ越すとその事は忘れてしまった。地元青年の佐野を手伝いに雇い順調に稼ぐ日々を過ごしていた良介。だが嫌がらせみたいな事があり警察に被害届を出そうとしたら、逆に転売の事について尋ねられた。焦った良介は在庫の商品を叩き値で売り払い警察の追求をかわす。以来不安が頭から離れず秋子との仲も急速に冷えていった。信用していた佐野も留守の間PCを勝手に見た事が分かり、金を払ってクビにする。秋子も勝手に家を出ていった。苛々ばかりが募るある日。突然狂暴化した滝本が猟銃を持って良介宅を急襲。居留守が逆恨みを買ってしまったのだ。他にも良介に恨みを持つ者が現れ…。
冒頭から中盤までの、感情を欠如した菅田の表情が印象的。ネットに入れ込むあまり他者との深い関りを求めない人間になっている。伏線的に彼が転売の阿漕なやり方故に恨みを買っているのが暗示されるが、本人は全く意識できておらず。彼に襲い掛かる連中も、自分たちが社会不適応になったコンプレックスを主人公にぶつけてる感じ。そんな救いの無い世界観が廃工場を舞台にした銃撃シーンで爆発。殺されんとする主人公にも殺そうとする方にも全く想い入れできない、ディスコミニケーションな現状が生み出した生き地獄が具現化されている。そんな中意外な人物が浮上する展開を是とするか非と取るかで、本作の評価は分かれそうだ。
作品評価★★★★
(最近特に社会問題化している闇バイト問題を暗示する様な設定もあり、背筋がゾッとする思いがする。主要登場人物の殆どがダウナーなキャラで、菅田将暉は勿論窪田正孝や最近TVドラマで売れっ子の岡山天音も、見事なまでに黒沢清ワールドに染まっているのが凄い)
付録コラム~荒川良々の頭の中
異様なまでネガティヴキャラばかりだった本作の中で、主人公の元上司に扮した荒川良々が際立っていた。彼を通して一見ヤバい事などしそうもない男が、ヤケクソになると何をしでかすか分からない怖さが本作に描かれていたのだが、そもそも素の彼自身が心の底で何を考えているのか謎らしく、本作の公開初日の舞台挨拶では主役の菅田将暉そっちのけで「荒川良々は日頃何をしているのか」の話題で盛り上がったと聞く。
荒川良々の出世作は松本大洋の同名漫画の実写化『ピンポン』(02年 主演・窪塚洋介)だろう。その時は端役に過ぎなかったのだが丸刈りでメタボ系の容姿、独特でスローモーな台詞回しが否応なく目立ち、共演者たちも彼の異形ぶりに皆驚いていたと言う。その個性が直ぐに認められ、あっと言う間に売れっ子脇役になり数多い映画に出演。松尾スズキ主宰の劇団『大人計画』所属という事もあり、大人計画に近しい監督の作品では主演も務めた。
そんな若手俳優だった荒川良々も今じゃ五十路のベテラン俳優だ。彼のキャラクターを生かせるコメディ系作品への出演が中心だったが、最近は実年齢に合わせ重い役柄を演じる事も多くなってきた。今回の作品もその好例だろう。「そんな事で僕を殺すなんてどうかしてますよ!」と劇中で菅田将暉は叫んでいる。確かに慰留したのを固辞して会社を辞めたぐらいでここまで恨まれるなんて、全く割の合わない話である。でもSNSで容赦ない誹謗中傷が飛び交う今の世の中、どんな理由で人の恨みを買うか分かったもんじゃない。
何かぬいぐるみぽく一見非暴力的なイメージしかない荒川良々みたいな男が、突然狂暴化し襲ってきたとするなら、見るからに柄の悪そうなヤクザ者が暴れるより格段に怖そう。俺も他人から恨まれる事のない様に、ブログで無難な事書いてればこれからも平穏な日々を送れるはずなのだが、果たして…。