アメリカ共和党大会の全国大会にハルク・ホーガンが登場。「俺の英雄に銃弾が放たれた。やつらは次期大統領を殺害しようとした。こんなことはもうたくさんだ。トランプ支持者たちよ、暴れ回ろう。アメリカを取り戻そう。再びアメリカを偉大な国にしよう」とトランプ支持をアピール、往年のTジャツを破るパフォーマンスを披露したという。

 正直ホーガンがトランプを支持しても意外性は全く無い。彼が活躍していた時の『WWE』(当時は『WWF』)自体がタカ派的なアングルをリングに持ち込んで評判を取ってきたという歴史があるからだ。

 戦後直後から60年代までのアメリカン・プロレスでヒールとして重宝がられたのは、第二次世界大戦と太平洋戦争の敵国であった、ドイツ人を自称するナチス系レスラーと日本人レスラーであった。尤も純粋なドイツ人レスラーというのはほぼ存在せず(「ナチの亡霊」として売り出されたフリッツ・フォン・エリックはドイツ人どころかユダヤ人だった)、日本人を名乗るレスラーの中には日系人、日本人ぽい顔をしたサモア人レスラーも混じってはいたが。

 1940年代の戦争の記憶が薄れていった70年代以降に代わって米国マットのヒール役を担ったのは、東西冷戦を背景にしたロシア人レスラー(ナチ系と同じで偽ロシア人ばかり)、そして78年後半から米国最大の仮想敵国に浮上したイラン系レスラー(これは本物のイラン人もいた)であった。

 

 そこで常にベビーフェイス側のレスラーがアピールしたのは「アメリカ・イズ・ナンバー1」という、大統領選におけるトランプの演説とほぼ一緒なワード。アメリカが敵国と闘うという分り易す過ぎるシチューエーションが繰り返され、当然の如く最終的には米国レスラーが勝利。ホーガン自身もイラン人レスラー、アイアン・シークを破ってWWFのヘビー級チャンピオンのベルトを奪取しスターダムに上り詰めたのだ。

 

 そういうWWFのタカ派アングルは90年代ぐらいまで続いたが、94年には前述したアイアン・シークに敗れて王座陥落、その後は団体を離脱していたボブ・バックランドが、愛国心に欠ける若者たちに説教するヒールキャラ「ミスター・ボブ・バックランド」としてカムバック。そのギミック感いっぱいのスタイルには、かつて『新日本プロレス』で猪木と激闘を繰り広げた時の面影は無く、頭の固いプロレスファンをがっかりさせたと思う。ただタカ派の論客を皮肉った様な彼のキャラクターに時代の移り変わりを感じた部分はあった。悪ノリしたミスター・ボブ・バックランドは大統領選出馬までブチ上げた。当然ながら実行はされなかったけど。

 それから30年以上経ち、今でもWWF=WWEのリングの主役は依然米国人レスラーではあるけれど、団体を取り巻く事情は90年代までとは随分変わっている。WWEは世界規模で選手をスカウトする事もあって「差別反対」を事ある毎にアピール。ゴリゴリなタカ派ぽいアングルはあまり採用されなくなった。確かに2014年には「真のアメリカ人」を名乗るジャック・スワガーと、プーチンを崇拝する女性マネージャー、ラナとその夫「ルセフ」との米ロ代理戦争が展開されたが、ファンのリアクションは今一つで、リングの主役を奪う事なく終焉している。

 現在のWWEには大統領時代のトランプが米国社会を混迷に陥れた元凶として度々槍玉にあげてきたメキシコ人のレスラーが多数在籍(勿論彼らは不法滞在者ではない)。ロシア人レスラーも在籍しているがベビーフェイスである。昔の発想なら大々的にヒールとして売り出す所だがそれをしないのは、現在のWWEはそれなりにリベラルになった…という事だろうか。

 それ故今回のホーガンのトランプ支持のアピールは、時代錯誤的なイメージが否めなかった。大体「やつら」ってテロリストを複数形にしたりして、さも民主党がテロリストを扇動して今回の凶行に走らせたと言ってる様なモンである。まあ彼に失言するなって言っても、無い物ねだりに等しいけれど…。