06年に公開された『ムーンライダーズ』のドキュメント映画『マニアの受難』を再見した。この作品はムーンライダーズ結成30周年記念として行われた日比谷野外音楽堂コンサート(ムーンライダーズに近しいミュージシャンたちが大集合し、ムーンライダーズをバックに彼らの曲を唄うというコンセプトがテーマ)の映像を主軸にしつつ、ムーンライダーズの歩みをメンバーなどへのインタビューを中心に物語る…という構成だった。鬼籍に入ったかしぶち哲郎&岡田徹の肉声も記録されており、今回再見したのは2人への個人的な追悼という意味もある。

 そのドキュメンタリー映画のタイトルが『マニアの受難』だったのには感慨深い物が。それは86年発売された通算11枚目のアルバム『DON'T TRUST OVER THIRTY』収録曲だ。俺はこのアルバムをリアルタイムで購入し大きな衝撃を受けた。「日本のロックの名盤」を考えれば色々なコンテンツが脳裏に浮かんでくるのだが、リアルタイムな衝撃性と言えばこのアルバムに優る物はなかったと思う。「DON'T TRUST OVER THIRTY」(日本語に訳すれば「30歳以上は信じるな」)は当時30代を迎えていたムーンライダーズのメンバーのみならず、俺に向けられた言葉でもあった。その時の俺はギリギリ20代だったのだ。

『マニアの受難』は音楽リスナーが総マニア化しつつある現状をテーマにした曲だ。都内では大型レコード店が次々と開業し聴き手がマニア化し、それに追いつけなくなった俺達(勿論ムーンライダーズの事だ)の苦悩というか嘆きというか、そういう物が唄われている。76年に結成されたムーンライダーズは音楽状況の変遷に合わせそのサウンドも変化させていく、言わばカメレオン的なバンドとして80年代に突入していったが、アルバムの売れ行きは芳しくない上に、先見的過ぎるとされてアルバムが一旦発売中止になったり(82年の『マニア・マニエラ』)と、あまり陽の目を見たとは言えない活動状況で、メンバーは他の音楽仕事の合間を見つけて時間を割きムーンライダーズのアルバムを制作…という流れになっていた。

 

 そんな体制に楔を打つべく長時間かけレコーディングされたのが『DON'T TRUST OVER THIRTY』だったのだ。メンバーの心の裡には「これで(ムーンライダーズが)終了するかもしれない」(白井良明・談)という気持ちもあったという。だが結果『DON'T TRUST OVER THIRTY』は自虐的な諧謔に彩られた、日本ロック史上極めて異色(異常な?)アルバムとなったのだ。

 中にはぺシミスチィックな鈴木博文節全開の『ボクハナク』の様な名曲もあったりもずるけど、多くの曲はかなり分裂してるというか、メンバーの荒涼化した心情がそのまま表層した様な感じ。アルバム最後の曲『何だ?この ユーユツは!!』に至ってほぼ完全なノイローゼ状態で「今となってはどうやって演奏したのかも解らない、2度と演奏したくない」(鈴木慶一)という有様なのだ。元来テクニシャンなメンバー揃いによる実験性富んだ演奏力とアレンジの妙は、凄みに近い物を感じさせる。その分ムーンライダーズのメンバーが抱えてきた鬱屈じた問題が、長いレコーディングによって一挙に爆発したというか、そんな過激なアルバムであった。

 

 そんなメンバーにとっては呪われたアルバムだった『DON'T TRUST OVER THIRTY』。だが多分彼らが抱えていたバンド単位を越えた個人的な悩みは、俺にとって全くも無縁な物とも言えなかった。音楽界も何もかもバブルへと突き進んでいく80年代という時代は、ただひたすら生き辛い時代だった…という印象しか、俺にはなかった。結局ムーンライダーズは『DON'T TRUST OVER THIRTY』のレコーディングからのトラウマから脱却する為に、以降5年もの月日を活動停止期間とする事になった。

 

 そんな、俺にとっては衝撃的だった『DON'T TRUST OVER THIRTY』だが、意外な程その評価は低い。『レコード・コレクターズ』誌2010年9月号特集『日本のロック・アルバム・ベスト100 80年代篇』では、ムーンライダーズのアルバムは4枚もランク・インしているのに『DON'T TRUST OVER THIRTY』は選外。選定者アンケートでも3人が下位(16~18位)に入れているのみ。確かにポジティヴな物は一切感じられない陰気なアルバムだが、こんな壮絶な傑作がこの程度の評価しかされていない事が、驚きであった。はっきりした事は言えないけど、ムーンライダーズマニアの評価も他のアルバムと比べるとかなり低そうな気もする。そういう現実を知ってるからこそ、映画の演出者は30周年ドキュメンタリー映画のタイトルに『マニアの受難』と名付け、映画内でも『DON'T TRUST OVER THIRTY』関連のインタビューシーンに多くの時間を割いていたのだと思う。

 

 そんなムーンライダーズも再来年で結成50周年となる。止む無き事情(多分更なるメンバーの逝去)によってムーンライダーズが活動完全停止するのと、俺がくたばってしまうのとどっちが早いのだろうか…。