日本におけるブルース研究の第一人者・日暮泰文が今年5月に亡くなった。日暮泰文といえば1980年に出版された『ノイズ混じりのアメリカーブルース 心の旅』(冬樹社・刊。後に講談社で文庫化)を思い出す。今もそうかもしれないけど音楽ジャーナリストが米国取材に行くと言えばほぼ大半がNYかロス。そんな中日暮氏はデルタブルースを産んだ場所をこの目で見てみたいと考え、多分日本人がそれまで一度も足を踏み入れた事も無さそうなミシシッピ州の片田舎を旅して回るのだ。チャーリー・パットンやロバート・ジョンソンの唄うブルースを脳内再生させながら。その行動力とブルースへの想い入れの深さには、感服させられる物があった。

 57年前の学生時代に鈴木啓志と『ブルース&ソウル・ミュージック愛好会』を設立。中村とうようが69年に立ち上げた『ニュー・ミュージック・マガジン』(現ミュージック・マガジン)創刊号からレコード評などを執筆の傍ら、70年に雑誌『ザ・ブルース』を刊行。75年には有限会社『ブルース・インターアクションズ』を設立。翌年独立レーベル『Pヴァイン』を立ち上げ、ブルースを中心とした多くの黒人音楽を再発掘的に日本に紹介。日本のブルースファンで一度もPヴァインのお世話になった事がない人なんて一人もいないだろう。ブルース・インターアクションズとしては『ザ・ブルース』以外にもノンジャンル的な音楽誌を刊行。70年代日本ロックの専門誌『ロック画報』には、個人的にもお世話になった。

 日暮氏の音楽観のベースにあるのは「音楽と時代状況との関り」であったと思う。ブルースをガチレトロな物やノスタルジックな物とは捉えず、時代時代において「ブルースはどう聴かれるべきか」を問い直すという事であり、それ故硬派な批評が彼の持ち味となり、映画『ラスト・ワルツ』で俺みたいなブルースに無知な者を震撼させたマディ・ウォーターズを「ジョニー・ウィンターにチヤホヤされていい気になってる」と酷評、日本のブルースバンドにも言及し「『モジョ・ウォ―キン』を演奏するブルース・バンドは信用できない」とも発言。

 その一方でB・Bキングのアルバム『ザ・ジャングル』を酷評し十八番の「中村とうよう0点」を発動しようとする中村とうように対し、ブルース研究者の面目を賭けて対決姿勢を示してみせたのも日暮氏であった。その硬派さと、ブルースを主軸とする黒人音楽への限りない愛着とのバランス感覚を持った、類まれなる日本ブルース界のオルガナイザー。一見90年という時代に逆行した、ギターの弾き語りオンリーという形態に過ぎないロバート・ジョンソンの『コンプリート・レコーディングス』がベストセラーになったのも、日暮氏の様な人が米国にも何人かいたからであろう。

 そんな日暮泰文氏を偲んでという訳でもないが『ブルース&ソウル・レコード』誌創刊30周年記念の最新号を購入。但し30周年と言うけれど、元を辿れば前述した『ザ・ブルース』が始まりで、それが76年から隔月化され、更に81年には『ブラック・ミュージック・レビュー』という誌名に変更。94年に発刊された『ブルース&ソウル・レコーズ』は『ブラック・ミュージック・レュー』の季刊増刊号であった。で、現在は『ブルース&ソウル~』は別雑誌として独立。『ブラック~』はウェブサイトとなり黒人音楽全般を取り上げブルースやソウル、ゴスペルなどといった音楽は特に扱ってはいないという。

 そういう変遷など全く知らなかった俺は、何か浦島太郎みたいなモンであるが『ブラック~』時代と比べると同じ音楽ジャンルを扱いながらも、以前にあった「結社」みたいなイメージは一新されている。鈴木啓志や永井「ホトケ」隆、吾妻光良などのベテラン執筆陣を除けば当然書き手はずっと若返っている。『特集 サザンソウルの基礎知識』は先日取り上げた鈴木啓志著『メンフィス・アンリミテッドー暴かれる南部ソウルの真実』(株式会社Pヴァイン・刊)と連動した形で、サザン・ソウルの魅力を鈴木本よりやや初心者寄りで紹介。『一緒に口ずさみたくなるサザン・ソウル定番45曲』なんてコラムは、読んでいて普通に楽しい。オーティス・クレイ初の日本公演のドキュメント『ライヴ』(78)の名盤評価など、ベテランマニアには今更感がありぞうだが、サザン・ソウル初心者向けには一番適した入門用アルバムではある。

 

 他の連載コラムとかも癖がない文章が多く、マニア向け音楽誌であっても雰囲気的には今風に、ライトで垢ぬけた誌面作りになっており『ブルース&ソウルが流れるお店紹介』なんて軟派なコラムまであるが、今紙媒体の雑誌を発行を継続していく事を考えると、致し方無しな部分もあるのだろう。

 ちょっと面白いなと思うのは、創刊時何の気に無しに付けた「レコーズ」という雑誌名が、創刊30年経って意味深な物になっている事。アナログレコードがCDに取って代わられた80年代後半。CDでしか入手できないアルバムばかりになり、俺は止む無くレコードプレイヤーもアナログレコードも処分してしまった。所が今やCDが廃れレコード人気が復活、今後音楽マニアは全面的にアナログレコードの方へ流れるのでは…という趨勢になっているのだ。

 となると時代は一回り巡って、雑誌名に「レコーズ」と付けた事が先見性あるみたいな感じに。俺みたいな時代に泳がされてアナログ関係を処分した者は「お目出度いバカ」となってしまったが(トホホ…)、特にブルース、ソウルといったメモリアル的な音楽ジャンルにとっては、益々アナログ化による復刻が進みそうな予感がある。

 

 それにしても、僅か人口4万人にも満たぬ超文化的な過疎地である俺の居住市の書店に『ブルース&ソウル・レコーズ』誌が置いてあっただけで、俺は感動してしまったぞ(笑)。もう一冊置いてあったけどこの場所でこの種の本を買い求めるのは、多分俺だけだと思う…。