66年にライヴ活動を停止しレコーデイングオンリーのバンドとなった『ザ・ビートルズ』。その第一弾アルバムとなる『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』(67)が売り上げ的にも批評的にも好評を博した事で自信を持った彼らは、更なる音楽的な自由を求めて自らのレコード会社『アップル・レコード』を設立。68年2~4月にかけてのインド瞑想旅行の最中にジョン・レノンやポール・マッカートニーは多くのニューアルバム用の曲を作り、全員が英国に帰国後にレコーデイングを開始。

 8トラックレコーダーが導入された事でメンバーが一堂に集まってレコーディングする必要もなくなり、基本的には曲の作者がリーダーシップを取って仕切り、時間が合わなかった他のメンバーは参加しなかったり、或いは後から被せで演奏を録音する、現在に繋がるレコーディング形式で進行していった(これがメンバー間のしこりを生じる原因になる)。

 結果完成したアルバムは、ザ・ビートルズにとって最初で最後の2枚組アルバムの大作に。アルバムタイトルはシンプルに『ザ・ビートルズ』だったが、白一色の無地なアルバムジャケットから通称『ホワイトアルバム』と呼ばれる事になる。プロデュースはいつもの通りジョージ・マーティンだが、実質はビートルズのセルフプロデュースだったという説もある。

 

 アナログA面1曲目『バック・イン・ザ・U.S.S.R.』はポール作の、チャック・ベリー『バック・イン・ザ・U・S・A』のパロデイ・ソングであると同時に、東西冷戦下でのソ連を強烈に皮肉った歌詞になっている。『赤盤』時代を彷彿させる軽快なロックン・ロールだが、リンゴのドラムにポールがダメ出したあげく、自分がドラムを叩くという屈辱的な扱いに怒ったリンゴは一時的にビートルズを脱退。

 ポール作の4曲目『オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ』は、ロックが初めて「スカ」(レゲエの原型となるジャマイカ産のリズム)を取り入れた楽曲だと思う。ビートルズの先見性が顕れた陽気な曲。確か『マーマレード』というバンドがカバーして全英チャート入りヒットにもなった。

 

 7曲目『ホワイル・マイ・ギター・ジェントリー・ウィープス』は、ジョージとエリック・クラプトンとの終生に至る友情のきっかけとなった解説不要の名曲。お返しにジョージが『クリーム』の『バッジ』という曲のレコーディングに参加。

 A面最後の曲『ハッピネス・イズ・ア・ウォーム・ガン』(ジョン作)は複雑な構成を持つ曲で、米国で銃所持が公に認められている事に対して批判した歌詞。そのジョンが…と考えるとやるせない限りだが。『ハッピーネス~』とコーラスしている部分を『ムーンライダーズ』が自作曲に「引用」している事で、俺には耳馴染みある。

 

 アナログB面3曲目『ブラックバード』は他の3人が参加せず、ポールのアコースティックギター弾き語りのソロナンバーに。タイトルからも連想される様に黒人差別に対する批判を歌詞のテーマにしている。小品ながらもポールのメロディーメイカーとしての才能が発揮された名曲。

 

 6曲目『ドント・パス・ミー・バイ』はリンゴが初めて作詞&作曲に挑戦した曲。彼らしい恍けた味わいのあるメロディーでリンゴとポール、バイオリン奏者の3人でレコーディングされた。バイオリンのみ生音ぽく、他の音はかなり強めのサウンドエフェクトがかっている。

 

 アナログC面2曲目『ヤー・ブルース』は、ジョンが英国ロック界を席巻したブルース・ブームを皮肉った物。ブルースは聴くにはいいけど白人である僕たちが演奏する物ではない…というビートルズの主張が、このハードなブルース曲にこめられている。

 3曲目『マザー・ネイチャーズ・サン』は、B-3と同じくポールのソロナンバーで、自然と同化して生活する事の素晴らしさを唄った心優しい曲で、バッキングは全て外部ミュージシャン。本アルバムのポールはこういう小品的な曲に真価を発揮していると思う。

 そんなポールが6曲目『ヘルター・スケルター』で荒ぶっている。移動式遊園地の滑り台と「混乱している」という意味をダブルミーニング的にかけたタイトルが象徴する、ビートルズ史上最もハードロック(パンク・ロック?)してる曲。『ザ・フー』に影響されてポールが作った…ってホンマか? 一度フェイド・アウトして終わったと思いきや、フェイド・インしてきて曲が続く構成も面白く、苛々し放しなポールのヴォーカルも素晴らしいのだ。最後には、繰り返されるテイクにリンゴが音を上げる叫び声も入っている。

 

 

 D面はジョンの『レボリューション』を聴く為の面という感じもする。だが1曲目『レボリューション 1』を聴くと肩透かし感が否めないのは、シングル『ヘイ・ジュード』のB面となったディストーションの効いたギターが強烈なヴァージョンを先に聴いてしまっているからで、そのストレートさに比べるとどうしても大人しめな感じがしてしまう。

 そして問題の『レボリューション9』は『1』のNGテイクから抜粋した音源に効果音やらピアノやら、ジョンとジョージの会話やらも入れ込んで完成させた、実験音楽で言う所の「ミュージック・コンプレート」。当然ながらオノ・ヨーコが制作に深く関わっており、赤盤愛聴のビートルズマニアには絶対受け入れ難いはず(ファンに聞いた最も嫌いなビートルズの曲アンケートで不動の一位)。

 

 そういう曲(とも言えない)の後、リンゴがジョン作の『グッド・ナイト』でオーケストラをバックに優し気に唄ってアルバムを〆る、リスナーを食ったオチも冴えていると言うか挑発的と言うか、呆気にとられてしまうのだ。

 

 

 さすがに全30曲ともなると捨て曲とまではいなかくても、まあまあレベルの曲も収録されているしアルバムの完成度は高くない。それでも思いきし平衡感覚を放棄した様な問題曲や意欲溢れる楽曲、珠玉の名曲も収められているから、決して無視は出来ないアルバム。

 ただバンド単位で曲を作る事をしなかったが為に前述した様なトラブルや、メンバーでもないオノ・ヨーコがテイクにダメ出しする異常事態も発生し、ビートルズ解散への序曲がこのアルバムのレコーディングだった事は相違ない。それに危機感を覚えたポールの発案により、ビートルズはあの『ゲット・バック・セッション』へと突入していくのである。