舞台は湘南。作家・佐山(上原謙)時枝(三宅邦子)夫妻は佐山の初恋の相手だった民子の娘・雪子(岸恵子)を引き取り暮らしている。佐山が成長した雪子と会ったのは民子が死んだとの報せを受けた時。その際居合わせた雪子の義父には雪子への愛情は全くなかった。数ヵ月後時枝が入った食堂でウェイトレスをしている雪子と会い、学校も辞め身寄りのない生活をしている彼女に同情し引き取る事を夫に進言したのだ。新しい生活に慣れた雪子は母の遺言を思い出す…。

 

 数多くの小説が映画化されている川端康成。自身の体験を基に執筆し1940年に発表された『母の初恋』の映画化は本作一回きりだが、TVドラマとしては53~96年まで7回も放映されている。複雑な家庭環境で育ったヒロインの、母が愛した人への思慕を描く。34年に監督デビュー、戦後は大映~日活~東宝で『安宅家の人々』(52)『警察日記』(55)『つづり方兄妹』(58)など文芸作品を中心に撮り、60年代からは喜劇映画も手掛けた久松静児が監督した東宝作品。戦前は松竹所属、戦後フリーになり数多くの名作に出演した上原謙、小津作品の常連だった三宅邦子、上原謙と同じく松竹専属から国際女優へ飛躍する岸恵子、小泉博らの出演。

 民子は雪子に「一番好きな人と必ず一緒になりなさい」と言い遺した。その好きな人とは佐山であった。悶々とした日々を送る雪子の気持ちをそれとなく察した佐山は、友人・高浜から紹介された実直な銀行員・若杉を結婚相手に推挙。恩人である佐山から言われた事に反対する気は雪子にはなかった。縁談はトントン拍子に進み雪子と若杉は結婚式を挙げる。これで雪子の自分に対する気持ちも薄れるだろうと考えた佐山だったが、挙式後の雪子は逆にふさぎこんでばかりいて、事情を知らない若杉は困惑する。ある日ちょっと出かけると言い新婚宅を出た雪子は夜になっても帰らなかった。報せを受けた佐山には雪子の行く先に心当たりが…。

 

 本作の設定が必ずしもフィクションでない事を知ると、観方も多少変わってくる。本作では佐山と雪子は一線を越えていないけど、実際はどうだったのか…。善人ではあるけど愛情を感じない男との結婚を強いられる形になった雪子(母親と同じ道を歩んでいる?)の哀しみと共に、本人の為と考えたが結果的には雪子を苦しめる事になった佐山には、色恋の厄介事には巻き込まれたくないという男の狡さを感じてしまった。そんなドロドロした関係性の中、過去の事を全て知りつつ雪子を実の娘みたいに扱ってきた時枝のグレート・マザーぶりが際立っている。凡百の女優が演じたら奇麗事に映りそうだが、お上品な三宅邦子が演じると嘘っぽくはない。 

 

作品評価★★★

(必ずしもハッピーエンドと思えない〆方は川端原作ならではであろう。引いて考えるとやるせない立場の若杉を演じた小泉博は、俺ら世代には俳優というよりTV番組『クイズ・グランプリ』司会者って印象。民子役の丹阿弥谷津子は『最高殊勲夫人』に続き二週連続で顔を見た)

 

 

付録コラム~エトセトラ川端映画化作品

 ネットで川端康成映画化作品を検索したら、35本の作品が挙げられていた。その中でも一番ポピュラーなのが『伊豆の踊子』だろう。ぞの製作時毎のアイドル的な人気者(田中絹代 美空ひばり 鰐淵晴子 吉永小百合 内藤洋子、山口百恵)が主演した。個人的には吉永小百合版(63年 監督・西河克己)が一番印象に残っている。初老の大学教授(宇野重吉)の回想劇形式で、宇野の若き日の姿を高橋英樹が演じていた。

 1926年に製作された歴史的作品『狂った一頁』(監督・衣笠貞之助)の原作&共同脚本が川端だとは今まで全く意識していなかったな。有名作『雪国』は岸恵子主演版(57年 監督・豊田四郎)と岩下志麻主演版(65年 監督・大庭秀雄)があるが、岸恵子版の方がベター…というより、豊田四郎作品の中でも『夫婦善哉』(57)と並ぶ傑出した出来。降りしきる雪景色の中、東京に帰る島村(池部良)を乗せた列車を追いかける芸者・駒子(岸)の姿が美しく、かつ哀れであった。

 『千羽鶴』も吉村公三郎監督版(53)と増村保造監督版(69)があるが、やはり贔屓もあって断然増村版の方が良い。艶福家であった父を亡くした主人公(平幹二朗)と、父と関りのあった女たち(京マチ子、若尾文子)や若尾の娘(梓英子)との微妙な関係を描くのだが、増村演出によって非現実ぽい奇妙なタッチの作品に仕上がっていた。

 奇妙と言えば三度も映画化された『眠れる美女』(68年 95年、05年)は、睡眠薬で眠らされた若い裸の美女と添寝する事で回春を図ろうとする男たち…という奇天烈設定なストーリーで、『伊豆の踊子』などとは違い、学校の国語の教科書とかには絶対載らない小説の映画化。68年版の監督も吉村公三郎(主演・田村高廣。製作は新藤兼人と吉村が設立した『近代映画協会』の独立プロ作品)。裸の美女役には当時のピンク女優が動員されていた記憶が。

『女のみずうみ』(65)は吉田喜重監督、岡田茉莉子主演の不条理風なドラマ。不倫をしている人妻が謎の脅迫者に導びかれて北海道へ行き、正体を現した脅迫者に惹かれていく。鈴木達夫のキャメラ映像が美しく賞賛される一方で、ストーリーが観念的という批判もあった。まあこの監督だからそうなって当然ではあるが。

『古都』は京都を舞台にある事情から離れ離れに育った双子姉妹が偶然に出会い、深い絆を確かめつつ…という展開で進行するメロドラマ。79年版は山口百恵引退記念作で監督は市川崑だったが、徒に映像美に走っただけの空疎な作品だと思った。63年の岩下志麻版(監督・中村登)は勿論知っているけど、16年に公開された松雪泰子主演版は存在自体知らなかったな。

 そんな風に川端小説は何度も映画化されてきたけど、その最高傑作は『美しさと哀しみと』(65年 監督・篠田正浩)だろう。『母の初恋』とやや似通った設定で、昔愛した日本画家(八千草薫)との別離を小説に書いて人気を得た作家(山村聰)を、師匠を慕うあまり八千草の捨てられた恨みを晴らすべく、山村を奈落に落とさんとする愛弟子(加賀まりこ)の行動を描く愛憎ドラマ。川端をも虜にしたという加賀まりこの燃え滾る危険な美悪女ぶりがサイコー。山村が色香に動じないと見るや標的を山村の息子(山本圭)に変え思いを遂げてしまうのだ。清純派女優・八千草との妖しいシーンも有り。85年には『愛の嵐』(74)のシャーロット・ランプリング主演でフランスにてリメイクされている。

 

「女のドラマ」に特化した川端康成の小説。その女性観はさすがに現代にそのまま受け入れられるのは難しいとは思うけど、これからも映画化される事はあるのだろうか。