不世出のフリージャズ奏者・阿部薫最晩年の78年。演奏活動の中心になったのは俺も一度だけ行った事がある、新宿区・初台駅すぐ近くの雑居ビルの内にあったライヴハウス『騒』であった。主にソロでの出演だったが、前年の11月に初めてドラマー・豊住芳三郎とのデュオで『騒』に出演している。フリージャズドラマーの草分けである豊住との演奏を阿部は余程気に入ったのか、その後頻繁に彼との共演ライヴを実施。それが好評だったと思われ、ライヴレコーディングの話が持ち上がった様だ。

 その会場となったのは当時荻窪にあった『グッドマン』(現在は高円寺に移転)と吉祥寺南口にあった『羅宇屋』(当初はフリージャズ系ライブハウスだったが、後にアジア民族音楽系ライブハウスに鞍替え)。グッドマンでは7月30日と8月13日の演奏、羅宇屋では8月5日の演奏が収録されたが、7月30日の前夜(29日)阿部が神奈川県のジャズ喫茶で行ったライヴが早朝までの深夜セッションとなり、その時の疲労的な問題もあったと思われこの日に収録した演奏はボツになった。結局羅宇屋でのライヴが4分の3、グッドマンの演奏が4分の1という構成でアルバム『『 Overhang Party 』は、アルバム2枚組で阿部の死の翌年に発売される事になったのだ。

 

 アナログ1枚目と、アルバム2枚目のC面までが羅宇屋でのライヴ。羅宇屋で阿部はバス・クラリネット、ギター、ハーモニカ、ピアノ、マリンバをインプロゼーションの形で演奏。共演とは言っても実質は高柳昌行(ギター)とのノーガードでの殴り合いみたいな演奏に終始した『解体的交感(ニュー・ディレクション)』(70)とは違い、本アルバムの阿部は豊住の懐の深いドラムスに心を許している感があり、その意味ではリスナーも受け入れ易いのではないか。

 バス・クラリネットを阿部が愛用するのには、エリック・ドルフィーへの敬意があるのかもしれない。阿部のギターやピアノの演奏は他のアルバムでも聴けるが、マリンバを演奏しているのは珍しい。そして最晩年の阿部の重要な演奏アイテムとなったハーモニカの演奏(B面で聴ける)が、本アルバムでも一つのクライマックスになっている…と言っていいだろう。独自な寂寥いっぱいのハーモニカの音色と、それに微妙なアクセントを付ける豊住の好サポートぶりも名演だ。

 阿部の本職であるアルト・サックスの演奏のみグッドマン8月13日の演奏から収録されている(D面)。この日も阿部の体調が優れなかったのかもしれないが、全盛期の阿部のプレイ(『なしくずしの死 (MORT A CREDIT』・76年発売)を知る身としては、やはり不摂生な日常生活故の体力的な衰えは顕著である。それを十分に知った上で、阿部はマルチプレイヤー的な即興演奏家への移行的なアプローチを、このアルバムで試みていたと言えるのではないか。

 

 このアルバムを収録後の約一か月半後に阿部薫は事故とも自殺とも判別しない形で亡くなった。追悼盤的に発売された本アルバムをリアルタイムで聴いた時は、悲壮感で胸がいっぱいになったけど、今はこうして結構冷静に聴けたりするのは、当方にも阿部の死を冷静に受け止められる余裕ができたからか、阿部より長く生き過ぎた故の鈍感さがそうさせるからか、それは良く分からない。